「こんばんはー、大佐いる?」
 何の連絡もなくひょっこりと顔を出した少年に。
「……鋼の?」
 書類に埋もれた執務室の主は、目を見開いて固まった。



あなたにメリークリスマス




 ふて寝を決め込もうとしていた矢先、突然飛び込んできた金色に、夢か幻覚かと思ってとっさに目をこすったロイは、だが瞳を開けても消えないその光を信じられないといったふうにまじまじと見つめた。
 いつもの黒い上下に赤いコートを着込んだエドは、言葉を失う主が入室許可を下すのを待たずにするりと執務室に身体を滑り込ませると、白い息を吐きながらたたたっと机の前まで走ってきて、いたずらっぽい瞳でロイを覗き込んだ。
「案の定、サボってやんの。喝入れに来てやったぜ」
 目の前でにやりと口の端を上げたエドに、ロイの頭を駆けめぐるのはなぜ君がここにいるんだとかどうして私が居残り残業だと知ってるんだとかいう数多の疑問だったが、驚愕の余韻に引きずられて声も出ない。ようやくゆるゆると息を吐き出して自分を落ち着かせると、ロイは口を開いた。
「……久しぶりだね」
「うん。久しぶり」
 答えてエドはロイの机の上に散乱した書類を端に寄せてスペースを作ると、よいしょとそこに腰掛けた。不届きにも司令部長官の執務机に腰掛けた少年は、してやったり、といったふうに満足げに笑っている。その口がどっきり大作戦成功、と呟くのを聞き取って、ロイは力が抜けた。――まったく、やってくれる。
「絶対女と浮気してるだろうと思って中尉に連絡してみたらさ、どっかの無能は書類に埋もれて司令部ですって言うじゃん。面白そうだから見に来てやった」
「……君ね、その言い様はあんまりだろう」
 連絡すらせずに各地を飛び回って、忘れた頃に思い出したように戻ってくる相手には言われたくない。一体その間どれだけその姿を瞼の裏に描くか、実体のない幻を求めるように窓の外を仰ぐか、子どもは知らないだろう。さすがに語気を強めてロイは言い返すと、机に腰掛けたエドを見上げて、その胸ぐらを掴んで引き寄せた。ぐい、と引っ張った勢いのまま、噛み付くようなキスをして、蜂蜜を溶かしたような金の瞳を睨みつける。驚きに見開いた大きな瞳は、けれど一拍を置いてふ、と緩んだ。至近距離で見つめ合ったまま、くすり、とエドは笑いを漏らす。
「わかってるよ、アンタはオレに夢中だから」
「……」
「すぐ挑発に乗るようじゃ上手の駆け引きは出来ないぜ、大佐殿」
 くすくす笑うのにつれて、夜目にもきらきらと光る明るい金の髪が揺れる。それが零す煌めきと子どもの見せる無邪気な表情に、ロイは思わず言葉無しに見入った。エドは最近、ふとした時にはっと息を呑むような美しさを覗かせる。獣を思わせる金の瞳はまっすぐで凛々しい。決意を宿す金色にはある種の気高さのようなものがある。
 好きだと、堪えきれずに直球の格好悪い告白をして。恋を知らなかった子どもに、手をつなぐことを、キスをすることを、体温を分け合って眠ることを教えた。どうしても、その眩しい金色を自分のものにしたかった。自分の元に繋ぎ止めておきたかった。
(救いようのない馬鹿だな、私は)
 エドを見つめながら、ロイは自嘲する。――それほどまでに、金色に焦がれていた。オレ、アンタのこと好きみたい。そう言って純粋で真っ直ぐな瞳が自分を見上げてきたときに、胸に湧き上がったのは歓喜だったか、それとも罪の意識か。
 無言で見つめるロイの内心は知らず、満足のいくまで笑ったエドは、遅くなっちゃった、と前置いて額を付き合わせるようにロイを覗き込むと、うっすらと頬を染めて、ふわりと笑った。
「メリークリスマス、ロイ」
 普段どれだけリクエストしても滅多に呼んでくれないファーストネームを少しはにかんで唇に乗せる子どもを、ロイは年甲斐もなくそのまま攫って抱き潰したい衝動に駆られる。
 けれど、その目の前の焔の宿る漆黒の瞳を見つめながら、エドもまた切ない感情に胸を揺らしているとはロイは知らなかった。旅をするエドが電話さえかけないのは、声を聞いてしまえば会いたいと思う気持ちに押さえがきかなくなってしまうからだとは、ロイは知らない。
 本当は、今すぐその胸に飛び込んで甘えたい、と思っていることも。
「まいったな、君と今日会えるなんて思ってもいなかったから、何も用意していない」
「そんなのいーよ、別に」
 何にも連絡入れてなかったし、とエドは言ったが、ロイはクリスマスに恋人にプレゼントのひとつもないなんて、と自分の不覚に落ち込んでいる。さっきは腹を立ててあんなキスをしてきたくせに、急にしょげてしまった年上の恋人が可愛く見えて、エドはぷ、と堪えきれずに小さく吹き出した。
「いいんだよ、オレは、」
 今夜ずっと、アンタが一緒に居てくれれば。
 そう続けようとした言葉は、しかし何か閃いた様子で勢いよく顔を上げたロイにびっくりして呑み込んでしまった。エドが目をぱちくりさせると、ロイは自分の思いつきにひどく満足したように笑顔で立ち上がって、手を差し出した。
「屋上へ行こうか、鋼の」



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