あなたにメリークリスマス




「う、わあ……っ」
 広がった景色に、エドは感嘆の声を上げた。
 寒々しい重い鉄の扉を開けると、ぶわっと下から吹き上げてきた風にいきなり髪を攫われた。風圧に思わず目をつぶって、それから手でかばいながら恐る恐る瞳を開くと、飛び込んできたのは頭上に180度広がる夜空だった。深い深い闇の中に、いきなり落ちたような、そんな包容力のある夜だ。墨を零したような、吸い込まれそうな真っ黒の空には高く満天の星が輝いていた。
 たたた、とエドは走って手すりに飛びつくと、下を見下ろしてほう、とため息を吐いた。眼下の町並みはイルミネーションに彩られ、様々な色の光が複雑に交わって、ひとつの幻想的な町を浮かび上がらせている。町の光と星空とが遠くで交わり、光と闇とが不思議に調和されていた。しんしんと降る雪はまるで星屑が零す煌めきの雫のようで、頬に当たっては溶けていく。
「寒くないかい」
 エドが振り返ると、たいさ、という音と共に吐いた白い息ごと、ロイのコートの中に抱き込まれた。勢いで顔から突っ込んだエドはまともに衝撃を受けて、鼻が低くなったらどうしてくれると心の中で文句を言った。けれど久しぶりにロイのにおいに包まれて、胸をくすぐったい感情が攫う。暖を取るためだということにして、エドは素直に腕を回した。
「風邪を引かないように、エドワード」
 言って頭を撫でる年上の恋人に、エドは頭を預けたまま、苦笑する。
「……アンタなあ、オレもうすぐ16なんだけど」
「私はもうすぐ30だ」
「競ってねえよ」
 呆れたように吐いて顔を上げたエドは、だがそこに予想していなかった優しい瞳で微笑む男の顔があって、不覚にも頬を染めた。ロイの瞳には紛れもない愛おしさと慈しみが溢れていて、その夜の色をした瞳に吸い込まれそうになって慌てて目を逸らす。
 不意打ちなんて卑怯だ、と真っ赤な顔で文句を言う、幼い恋人のそんな可愛らしい反応にロイはくすくすと笑いを漏らして、夜の闇にも埋もれることなく輝く金の髪に手を伸ばした。手を回して、後ろで一つに縛っていたひもを解くと、くせのない綺麗な髪がさらりと零れる。
 その金の一筋を、指に絡めて。
「君の髪は夜でも眩しいな」
「……四六時中恥ずかしい大人だなアンタは」
 ぶっきらぼうな口調でふいと顔を逸らすものの、エドは珍しくロイの手を受け入れている。ロイは指に絡めた髪を軽く引っ張って、その金糸に唇を寄せた。まるでその口づけは尊いものにそっと触れるような、神聖な儀式のようで、エドは思わず見とれてしまう。
「万の星を、君に」
 髪に唇を当てたまま、瞳だけを向けそんな台詞を恥ずかしげもなく囁いて、
「一万の夜を越えても、君の隣は私のものだ」
 耳まで真っ赤になったエドが顔を逸らすより先に、ロイはその顎を引いてかすめるように唇を奪った。照れ隠しに暴れ出すタイミングを失ったエドが目をぱちくりさせるのに少し笑って、もう一度唇を重ねれば、ふ、と腕の中の子どもは小さな吐息を漏らす。その身体を抱き寄せて髪に手を差し込むと、ロイの軍服を掴んだ手にきゅっと力が入った。
 たいさ、と舌足らずに呼ばれて、愛しさが込み上げる。腕の中にすっぽり収まる小さな身体を強く抱きしめて、ロイはエドの肩口に頭を埋めた。とくとくと早いリズムで伝わる鼓動が、心地よい。吐き出した白い息は澄み渡った空気に散って、夜空は優しく静かに二人を見下ろしていた。
「メリークリスマス、エドワード」
 ――万の夜を越えても、君の隣に。
 愛していると、囁いたその言葉は万の星に吸い込まれて、聖夜に溶けた。



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