あなたにメリークリスマス
可哀相ですねーこんな日に残業なんて。くわえ煙草の少尉はさも愉快気に言い放ち、自業自得です無能な大佐が悪いのですからと、射撃の名人である副官は相変わらずこちらも大変な命中率でぐさりとトドメを刺した。
司令部の面々は未だ未処理の書類で高い山を机の上に築いている上官など気遣いもせず、早々に仕事を片づけると先を競って帰宅していった。最後まで残っていた副官が、雀の涙ほどの情けも掛けずに、では私もこれでと言い置いて去ってから既に時計の長針は三周している。
12月25日、鈴の音が鳴り響く聖夜に司令部にお泊まり残業するハメになった哀れなロイ・マスタング国軍大佐は、早々にペンを放りだした。人気の無くなった司令部は一気に冷え込み、しんとなって何やら怪しげな雰囲気が漂う。外からはもうとっくに日が暮れたというのににぎやかな笑い声や歌が聞こえてきて、ロイのやる気をすさまじい勢いで奪っていった。
胃に穴が開きそうな濃いブラックコーヒーを片手に、湿気たパンをかじりながら、ロイはここ数年に類を見ないほど最悪のクリスマスを一人で味わっていた。おそらくこのイーストシティで自分ほど味気ないクリスマスを過ごしている者もいないだろう。
いくら普段から書類を溜め込み、仕事もサボりがちであるロイであっても、ここまで危機的な状況に陥ったことはかつてなかった。ほどほどに溜めておいて一気に片づけるというのがロイのやり方だったのだが(むしろそれに問題があると言うべきなのだが)、それに加えてここ一月くらいの間、錬金術師の関わるテロや暴動が立て続けに起こったのだ。錬金術関連となると他の部署ではお手上げで、自然、国家錬金術師であるロイに担当が回ってくる。普通ならロイのような高い地位の者が扱うものではない小さな事件も、錬金術が関わっているとなれば話は別だ。半ば厄介ごとを押しつけられるように事後処理等々が舞い込んできたおかげで、ここ数日ロイ以下主立った部下達は司令部に泊まり込みの日々が続いていた。
それでもクリスマスには家に帰って家族と一緒に過ごしたい、恋人と甘い夜を過ごしたいと面々は猛烈な勢いで仕事を片づけていき、25日当日の午後の自由を獲得したという次第である。――極めつけに要領の悪い司令官は、一人未だに書類の山に埋もれているわけだが。
(何だってこんなクリスマスを過ごさなければならないんだ……)
脳裏に浮かぶのは眩しい金色。一年前、やっとのことで口説き落としたその愛しい愛しい恋人はと言えば、一月前に電話で会話をしてから連絡すらない。会って一緒に過ごしたのはもう二月も前だ。会えない月日が積み重なっていくのと綺麗に反比例してロイの仕事の能率は下降の一途を辿っている。このまま行けば地を這うような効率の悪さだ。
太陽のような、まるで光を纏っているように美しく誰よりも輝く至高の存在。遠い空の下にいるだろう少年を想って、ロイはため息をついた。今頃彼はどうしているのだろうか。――会いたい、と思うのは自分だけなのだろうか。
なんて女々しいんだろうかと、自分自身に呆れてロイは苦笑した。兄弟が必死の旅の途中だと知っていて、探し求め手に入れたいと欲すその目的も心得ていながら、それでも遠く離れていても自分のことを想っていて欲しいと望む自分がいて、情けなくも可笑しい。――今まで恋をしてきた数多の女性の誰にも抱かなかったこんな気持ちを、一回り以上も歳の離れた少年に感じるとは。
初めての「恋」をしているのかもしれないな、とロイはひとりごちて、窓の外を仰いだ。
空にはいつのまにか雪が舞い始め、幻想的なホワイトクリスマスの夜を迎えていた。
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