PRIDE

ACT20

 人体錬成。
 その四文字は、鋭い弾丸となってロイを貫いた。
 ――おぞましい、禁忌の業だ。人を造るその行為は、言い換えれば生命を玩ぶことである。壊れた人形を直すように、動かなくなった玩具を修理するように、人の命も壊れたから再構築する、そんなことは許されない。自然の摂理に、そんな方程式は存在しない。生まれ、生き、そして死ぬ。その完全なる生命の流れを強引に、我が侭にねじ曲げて、元の周期に無理矢理嵌め込む、なんて愚かで、傲慢な所業だろう。
「錬金術師だった父親は、家を出て行ったきり帰ってこなかった」
 語るエドワードの瞳は、遠い、されど忘れられない過去を見つめるように僅かに陰る。
「十一の時に母さんが流行病で死んで、世界が終わったと思った」
 光を失って、前が見えなくなった。光の色を纏った青年は、そう呟いて墓石に眼を落とし、石に綺麗な文字で刻まれた母の名前を目でなぞった。重なるのは、自分たちにとって暖かな太陽そのままだった、柔らかに微笑む優しい母の顔。
「だから、もう一度光を取り戻そうと考えた」
 風に、花束が揺れる。
 冷たい風になぶられてなお、花は凛として美しいのだと、それを見つめてロイは考えた。ひやりとした冬の風は、冷気だけでなく、微かな恐怖を伴って肌を滑る。
「母さんをつくろうとしたんだ」
 どくん、と胸が波打った。
 それに同調するかのように、エドワードの赤いコートがはためいて視界を染める。血の色であり、炎の色であり、陽の色だ。ぞっとするほど鮮やかで、暖かく、激しく、おぞましい。綺麗に手入れをされた墓の前に立つエドワードは、その身に深紅を纏い、血に濡れた罪人(つみびと)のようにも見えた。
「それが悪いことだなんて、オレもアルも、ちっとも考えなかった」
 十歳と、十一歳。母親に先立たれた幼い子ども二人が、無知なままに禁忌に手を伸ばす。不幸は、彼らに母親を取り戻すための知識と錬金術の才能があったことか。誰として止めてくれる大人もなく、暖かな優しさを、慈しみを、温もりを求めた子どもたちが、危険を知らぬまま禁忌へと手を伸ばしたのは、自然の流れだったのかもしれない。
「錬成は、失敗だった。オレは左足を、アルは全身を持って行かれた」
 その才能故に、地獄を見た。
 死んだ者を再び蘇らせる。それは錬金術師の間で暗黙の禁忌となっている、明らかな罪だ。最大のタブーに手を出した、許されない罪。しかし、光に焦がれ、届かぬ母の面影を、愛したその温もりを求めた幼い子どもの手を、断罪するにはあまりにも惨い。
「お前が見た写真の中の鎧、アレには中身がない。腕一本差し出して、錬成できたのはアルの魂だけだった。それを部屋にあった鎧に定着させた」
 魂の錬成。もう何を聞いても驚くまいと思っていたロイでさえ、驚愕して眼を瞠った。特定の魂の錬成など、聞いたことがない。それは死してなお精神を生き永らえさせることを可能にしたも同じではないか。
 ひやりと頬をなぶった風は、確かな悪寒を感じさせた。――十一歳の子どもが人体錬成を試みてなお命を取り留め、さらには魂の錬成までやってのけた。それが真実だとしたら文字通り、天才だ。
「それから元の身体を取り戻すために、オレは軍の狗になった。……イシュヴァールの内乱は知ってるな」
 問われ、ロイは黙ってうなずいた。
 イシュヴァール殲滅戦。ロイのように東部出身ではない者の耳にさえ、そのアメストリスの歴史上最悪の戦の名は入ってくる。
 十数年前、軍将校があやまってイシュヴァールの子どもを射殺してしまった事件を機に、もともと衝突を繰り返していたイシュヴァールの民と国側の対立はいよいよ激しくなり、その後大規模な内乱へと発展した。七年にも及ぶ攻防の末、軍上層部から下された作戦、それが国家錬金術師の投入だった。――国家錬金術師が「人間兵器」と呼ばれる所以は、この内乱でその能力が絶大な威力を誇ったからだ。
「イシュヴァールは巨大な人体実験場だった」
 じっと墓石を見つめていたエドワードが、顔を上げる。そして彼は天を仰ぎ、過去を閉じこめるようにゆっくりと目を閉じた。右手をぎゅっと握れば、機械鎧のきしむ金属音がする。瞼の裏に蘇るは、血と汗と憎しみに満ちた凄惨な世界。
「オレは、イシュヴァールに一番最初に放り込まれた国家錬金術師だ」
 褐色の肌と赤眼を持つ人間は老若男女、非戦闘員関係なく、全て殺せ。人間兵器に下された命令書にあったのは、虐殺の指令だった。
「何十人、何百人、殺したか……両手で数えられなくなってからは、やめたけどな」
 ふ、とエドワードは息を漏らす。その口許に薄く刻まれるのは、自嘲の笑みだろうか。陽に透ける淡い金の前髪が零れて、その黄金の瞳を隠す。
「あの場所では、生きることと殺すことは同義だった。――戦場の英雄っていうのはな、少佐」
 あの場所で生き残るには、感情を捨てるか、狂うか、二つにひとつしかなかった。
「冷徹の殺戮者のことだよ」
 エドワードの氷のような笑みに、ロイは息を呑む。金縛りにあったように身体は硬直し、舌は言うことをきかない。
「人体の仕組みを理解するには、戦場はうってつけの場所だった」
 エドワードの飴のような金色の瞳は、しかし何の光も映していない。無表情に、ただ一点を――いや、どこにも無い場所を見つめているかのような瞳で、淡々と抑揚のない声だけをその唇に乗せる。
「内乱の後、オレとアルは元の身体を取り戻した。結果的に、オレは二度の人体錬成を行ったことになるな」
 そしてエドワードは顔を上げ、その鋼の意志を宿した金の瞳を、逸らすことなくロイに向けた。
「だけど、オレは後悔しない。失ったものを得るために、もう一度禁忌に手を染めたことを。――アルを、取り戻したことを」
 焔のついた眼だ。そう、思った。まるで息を吹き込まれたように、いとも鮮やかに燃え上がったその焔を、美しいと思った。最初に会った時も、その瞳を美しいと自分は思ったのだと、手放した思考の向こうでロイはぼんやりと思う。
 この金色はいつの時も、気高く誇り高かった。
「それが、オレのプライドだから」














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