PRIDE

ACT18

「うん、大丈夫。どこにも怪我はないよ」
 アルフォンスが聴診器を外しながらそう告げると、ロイとジェームスはほっと胸を撫で下ろした。診療所を大人数で占領しているわけにもいかないので、一旦診療所をピナコに任せ、ロックベル家へ移動する。毛布を掛けてもらい、ウィンリィが淹れたあったかいミルクココアを喉に通して、ようやくエミリーは落ち着いたようだった。まだ目に涙を溜めてぐすぐすと鼻をすすってはいるものの、その口からは言葉が出るようになり、ゆっくりと表情が戻ってきた。
 一息ついてから、ジェームスから事故の一部始終を聞いたアルフォンスは、錬金術で助けた、という言葉にぴくりと眉を動かした。その時、ほんの一瞬ふっとロイに視線を移したアルフォンスの、その瞳にロイはごくり、と息を呑み込む。すぐにアルフォンスはいつもの穏やかな微笑みを浮かべたが、一瞬自分を見やった眼の鋭さは、時折彼の兄が見せるまなざしと同じものだったと、ちらりとロイは考えた。
「すまんな、アル。エドは平気って言ってたけど、たぶんあいつどっか傷めてるはずなんだ」
「うん、わかってる。あとで兄さんもちゃんと診ておくから」
 エドワードの何でも自分の中に溜め込んで一人で消化しようとする癖は、弟であるアルフォンスが一番よく知っている。けれど兄が本当に危険なことは起こさない分別を持っていることもまた、アルフォンスは理解していたので、しばらくすればエドワードは言葉通りちゃんと戻ってくるだろうと考えた。
 男性二人が会話する横で、ウィンリィがエミリーを膝に抱いて語りかけている。少女の頭を撫でる手や、穏やかで優しいその微笑みには滲み出る母親の情があって、その柔らかな空気はやはり女の人にしか作り出せないものだと思いながらロイは眺めた。かすかに胸の奥を締め付ける切なさを感じるのは、もうずいぶんとその温もりに触れていないからだろうか。高位の軍人だと言っても、ロイもまだ十五の少年なのだ。
 そんな感情から目を離すように、ロイはそっと席を立った。周りを遮断して思考に入れば、まぶたの裏に蘇るのは、先ほどの青い光。
 間近で見たエドワードの錬金術。
 まるで、魔法のようだった。
 錬金術の原則は等価交換であり、無から有を作り出すことは不可能であると一番理解しているのはロイ自身であるはずなのに、エドワードの錬成は、その常識を忘れさせるくらい、あまりに異質なものだった。
 錬成陣なしの、錬成。どんな技術が、能力が、それを可能にするのか見当も付かない。鋼の右手と、生身の左手、その不揃いの両の手から生まれる光は、あまりに神聖で、美しくて、そして異端だ。
 人間離れした身体能力の高さと、射撃の腕。加えて、あの錬金術。
(軍の脅威になるのも、当然か)
 エドワードが高い地位を持ちながら、セントラルに召喚されない理由がわかる気がした。あまりに鋭い牙を持った獣は、手元で飼うには危険すぎるのだ。
 それにしても、エドワードは一体どんな人物なのか。ここリゼンブールに来てそれがやっとわかった気がしていたのに、新たな謎は深まるばかりだ。
 掴みかけたと思った途端に、いとも簡単にするりと手を離れていく。知れば知ろうとするほど、わからなくなる。
 ――何か、何か見落としているような違和感があるのは何故だ?
(わからなくなってきたな……)
 頭を掻いて、ロイは一度考えることを放棄した。少し意識を散らそうと、室内を見渡す。ロイの目は自然に、壁の写真たちへと惹かれた。はみ出すくらいたくさんの写真が留められたボードの前に立つ。色褪せた写真、まだつやつやの光沢がある鮮やかな写真、そこにはこの家の人たちの成長の過程が写されている。どろんこになって無邪気に笑う顔や、ケンカをした後なのか、泣き顔でそっぽを向いている子どもたち、どこにでもある日常のようで、ここにしかない美しい思い出。
 こんなふうに家族で写真を撮ることなんてなかったな、と、幼い頃を思い出しながらロイはひとりごちた。こんなふうに同年代の子どもたちと泥だらけになって遊ぶことなんてなかったような気がする。
(……あれ?)
 写真を眺めているうち、ふと、何か引っかかるものがあった。
 何が、というものではない。けれど確かに違和感を感じたのだ。この思い出の記録の中に、隠されているものが何か、あるというのか。
 まるでパズルのようだなと、ロイは思った。何が描かれているのかわからないパズルのピースを、ひとつひとつあるべき場所にはめ込んでいくような、難解さ。
 目を細め、ボードを見つめる。――と、その時。
 どくん、と大きく胸が波打った。
(ちょっと、待て)
 かすめた予感に、ロイは胸騒ぎを覚えながら、慌てて目を散らした。もう一度ボードを覗き込む。上から下までじっくりと見れば、ぱっと見にはわからない、確かにその予感を裏付けるひとつの事実がそこにあった。
 無邪気に笑い合う三人の写真、これは五歳くらいのものだろう。そしてケンカした後と見えるこちらのものは、七、八歳だ。そしてそれよりももう少し成長した、写真に写るのは十一、二歳の子どもたち。――だが。
(ある時期から一定期間、アルフォンスさんが写っていない?)
 十一、二歳くらいか。その頃を隔てて写真に写るのはエドワードとウィンリィだけになる。その不自然は、よく見るとそれから後五年間分ほどに渡っていた。さらに気づいたことには、その期間は写真の枚数自体が、極端に少ないのだ。しかしその後、空白の期間を経たのちまた何もなかったかのように、再び写真に写るのは三人になる。実際、最近の写真には成人したアルフォンスが写っているが、彼の少年期の写真は見渡してみても、ひとつとしてない。
 それを念頭に置いて見直せば、初めは気づかなかったが、もう一つ気になる点が出てきた。ある時期から後、突如として姿を消すアルフォンスの代わりに、写真の端に写るのは。
(この、大きな鎧は誰だ)
 隅にひっそりとたたずむ鋼の鎧の人物。この人は一体、誰なのか。よくよく眺めてみれば、エドワードと言葉を交わしているような写真も見られる。
(この時の准将は、十四、五歳くらいか?)
 他の写真に埋もれるように一番下に留められているその一枚に注目して、そしてロイは今度こそ目を見開いた。思わず顔を近づけて見入る。
(なんだ、これは!)
 季節は夏だろう。そこに写るエドワードは、ノースリーブのシャツに短いズボンといった服装だ。その姿に、ロイの目は釘付けになった。見間違いではないかともう一度覗き込むが、しかしそこに写る事実は変わらない。
(どういうことだ……?)
 ばらばらに散らばったパズルのピースが、徐々に集まっていく。しかしそれが作り出す絵が何なのか、そこに描かれるものの実体を一向につかめない不安と焦りを、ロイは強く感じていた。














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