PRIDE

ACT17

 間に合わない……!
 奥歯を噛み締め焦燥の色に瞳を滲ませたロイの肩を、ぐい、と乱暴に引いた腕があった。反射的に振り返れば、しかしロイが首を返す動作より速く、横を金色が過ぎる。
 頬を、鋭い風が切った。
 その風圧に乗せて目の前を、長い金の髪が流れる。その美しい色に、一瞬時間が止まったかのような錯覚を覚えた。零れる光に視線を吸い付けられるように、無意識にその背を追う。
 エミリーの小さな身体に、崩れ落ちる木材の陰が濃くなっていく。
 エドワードが走りながら、両手を胸の前で合わせ、そのまま飛び込むようにして地面に手を付いた。途端、その手のひらからほとばしった稲妻のごとき青い錬成光に、ロイが目を見開く。
 地面を削るように走った錬成光の先、あわや木材が直撃、という寸前、エミリーの身体を呑み込むように地面が放物線を描いて隆起した。硬い木材が、突如として出現した土壁に弾かれる。その間を縫うようにして駆け寄ったエドワードが、呆然と固まっている少女を抱き込んで、転がるようにして土壁の下から這い出た。――重なる木材の重みに耐えきれずに土壁が崩れ落ちるのと、それはほとんど同時、だった。
 間一髪の、救出劇。それは時間にして、ほんの瞬きの間だ。
 ロイは未だ自分の目が信じられないような思いでのろりと首を返して、愕然と目を見開いた。血相を変えたジェームスが、駆け寄ってくるその後ろ、地面が深く抉られている。
 ――この距離を、一歩で?
「エミリー!」
 ジェームスが飛びついて娘を抱き上げる。目を極限まで開いて固まっていた少女は、父親の腕に抱かれ顔を覗き込まれた次の瞬間、それまで止まっていた恐怖が体中を逆流したかのように、堰を切って泣き出した。
 その声に我に返ったロイが、慌てて走り寄る。
 立ち上がり、服の裾に付いた汚れを払い落としていたエドワードが、部下の足音に顔を上げた。その金の双眸に、宿る光の色は無機質な鋼で。
「少佐、二人を連れて診療所へ戻れ」
「准将、お怪我は」
「オレのことはいい。納屋を片づけてから戻るから、先にエミリーをアルのところに連れて行くんだ」
 泣きじゃくる少女を振り返る。小さな身体は、よみがえってくる恐怖と助かった安堵に震えている。届かなかった自分の右手を握りしめて、ロイは再び上官を振り返った。
「わかりました。……准将、本当にお怪我はありませんね」
「大丈夫だって言っただろう。早く、二人を連れて戻れ」
 突き放すように言い放ったエドワードを、ロイはじっと見つめる。一見したところ、外傷はないようだが、エミリーを自分の身体の下にかばって抜け出したのだ、木材に背を打たれているかも知れないし、両腕の使えない状態で満足に受け身は取れなかっただろう。しかし、ロイは一瞬の躊躇の後、黙ってうなずくと踵を返した。
「ジェームスさん、エミリーを抱いて診療所のほうへ」
「ああ、だけど……」
 ジェームスがエドワードを振り返る。金髪の青年は、少しだけ表情を崩して長身の幼なじみを見上げた。
「オレは平気だ、ジェム。納屋を直したらすぐ戻るから、先に行ってて」
 その言葉に、ジェームスは心配そうな視線を返す。この青年がこんな笑い方をするときは、決してその微笑みの下に光があるわけでないことを、彼は知っていた。けれど、この幼なじみが決して己の言葉を曲げないことも、自分よりも一回り小さい身体に鋼の強さを持っていることも、ジェームスは知っている。
 一拍の間のあと、腕の中で泣きやまない娘をもう一度抱き直して、彼は頭を下げた。
「すまん」
「いいって、ほら」
 エドワードに背を押されて、ジェームスは申し訳なさそうにしながらも身体を返した。ロイがそれに寄り添う。
「よろしくな、少佐」
 うなずいて、行きましょうとロイはジェームスに声を掛けた。軽く頭を下げてから、上官に背を向ける。未だパニック状態に陥ったままの幼い少女をなだめつつ、ロイとジェームスはロックベル家へ足を急いだ。

 遠ざかるその背を見つめながら、エドワードがきゅっと拳を握りしめたことを、ロイは知らない。右手を持ち上げ、そしてゆっくりと開いた手のひらの、鈍い金属の輝きを映した金色の瞳が揺れたことを、彼が知ることはなかった。














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