PRIDE

ACT15

 リゼンブールに来て四日目の朝。
 お産の手伝いから戻ってきたピナコと、ウィンリィの手によって、エドワードの機械鎧の整備が完了した。自分の整備した鋼の腕を誇らしげに見つめながら、オイルの臭いだのきしむ人工筋肉だのと機械鎧の美を延々と語っているウィンリィはほっといて、新しい腕を付けたエドワードは手のひらを開いたり閉じたりして動作確認をしている。
「おはよう、マスタング少佐」
 起きてきたアルフォンスが、リビングに顔を出してロイに声を掛けた。ウィンリィがロイ君、と親しみを込めて呼ぶのに対して、アルフォンスは必ず階級を付けてロイを呼ぶ。なんとなくそれに隔たりを感じながら、ロイはおはようございますと穏やかな金色を纏う青年に返して、それから困ったように視線で横を促した。
 その頃には、一向に話を聞かないエドワードにウィンリィがスパナで一撃お見舞いしたことで勃発した喧嘩が、機械オタクだ錬金術オタクだと不毛な言い争いに発展していたところだった。
「兄さん、ウィンリィ」
 呆れた様子でため息をひとつ吐いて、諫めるように兄と妻に声を掛けたアルフォンスに、言い争っていた二人がくるりと同時に振り返る。
「あ、おはよー」
「おはよ、アル! よかった、今から起こしに行こうと思ってたんだよ」
 のんびりと夫に挨拶したウィンリィと対照的に、エドワードはぱっと顔を明るくして弟の元に駆け寄った。その兄の反応を見るなり何かに思い当たった様子で心底嫌そうに顔を歪めたアルフォンスを、満面の笑みで見上げて。
「組み手、付き合って?」
 小首を傾げて可愛らしく頼んだ兄に(忘れて欲しくないところだが、彼は三十路前のいい大人である)脱力して、「兄さん、僕徹夜明けなんだけど……」と呟いた弟の拒絶はあっさりと却下された。






 庭先に出るやいなや、それは合図もなく始まった。
 することもないので何とはなしに兄弟について外に出てきたロイは、いきなり目の前で勃発した兄弟げんかのごとき激しい攻撃の応酬に目を見開いた。
 たん、とワンステップを踏んで繰り出された突き。鋭く風を切ったその拳をアルフォンスは僅かに身を逸らせることでかわし、逆にその勢いを逆手にとってひっくり返した。ひらりと一瞬宙を舞ったエドワードは、だが猫さながらの身のこなしで着地する。その間に降ってきたアルフォンスの拳を寸でのところでかわして手を突き、倒立の要領で地面を蹴り上げたが、頭に当たれば悶絶、という勢いのそれはしかしアルフォンスの腕でがっちりと受けられた。げっと声を漏らすのと同時に、足を捕られバランスを崩したエドワードの身体が、アルフォンスに投げ飛ばされる。
(……素人じゃ、ない)
 ごくり、と喉を鳴らすことで、ロイは驚愕を飲み込んだ。アルフォンスの動きには明らかに体術の心得がある。ただの町医者には到底、見えなかった。彼の動きの一切に無駄は無く、穏やかな性格に似ず積極的に踏み込んでいく。機械鎧を特別意識している様子はまったく見られなかった。その鈍い輝きを放つ鋼の攻撃は、まともにくらえば相当なダメージを受けるというのに、アルフォンスの動きには何の乱れもない。機械鎧を持つ相手とまともにやり合うなど、訓練された軍人でもなかなかできないというのに。
 ――何より、眼だ。
 眼が、違う。普段の柔和なまなざしは一体どこへ行ったのかと思うほど、瞳に宿るのは鋭い光。すっと細められた眼に感情は乗らず、そのまなざしには冷徹ささえ感じられる。その上注意して見ていると、常にアルフォンスの方が優位に立ち、向かってくるエドワードを受け流すような格好になっていることがわかった。
「ああ、やってるやってる」
 後ろでそんな声がして、思わずロイが振り向くと、洗濯物の籠を抱えたウィンリィが立っていた。彼女の足下にはデンが尻尾を振ってまとわりついている。
「暇さえあればやってんのよ。特に機械鎧の整備が終わった後は、動作確認も兼ねてああやって組み手をするのが二人の習慣なの」
 二人とも、ちっちゃい時から変わらない。そう独り言のように呟いて、ウィンリィは微笑んだ。明るいブルーのその瞳には、過去を懐かしむ色がある。ロイはその視線につられるように、兄弟に目をやった。自分の上官が子どもで、この庭先を駆け回っていた姿はどうにも想像できない。人間は誰でもはじめから大人だったわけじゃないなんて当たり前に理解しているのに、いざ思い描こうとすれば難しいとは不思議なことだ。
 ロイとウィンリィはしばらく兄弟を眺めていたが、ふと我に返ったようにウィンリィが振り返った。そして彼女はロイに顔を向けると、少年の上から下までを眺めて、そうだ、と手を打った。
「ロイ君、暇だったら洗濯物干すの手伝ってくれない? あいつらはしばらくやってるだろうし。今日は洗濯日和だから、一気に片づけちゃいたいのよね。ウチの家訓は『働かざる者食うべからず』よ!」
 わかりましたと答えるより先に、問答無用で籠を押しつけられる。慌てて飛びつくようにそれを受け止めると、勢いで中の洗濯物がふわりと舞い上がった。風に煽られて地面に落ちそうになったいくつかを、デンが身体で受け止める。
「ナイスキャッチ」
 ウィンリィとロイの声が重なって、思わず顔を見合わせて笑った。さあ仕事よ仕事、と腕まくりをしてくるりと身を返したウィンリィの後を、大きな洗濯籠を抱えたロイが追いかける。足下で背に洗濯物を乗せたデンが、誇らしげにわうっと吠えた。














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