PRIDE
ACT14
「それにしても、凄いですね」
エドワードが一旦本を置いて休憩の体制に入ったのを見計らって、ロイは声を掛けた。
ロイがエルリック宅で過ごすのは今日で二日目になる。籠もるぞ、との宣言通り昨日は言葉も交わさず朝から晩まで文献を読み漁って過ごした二人は、そろって寝不足に目を潤ませていた。
「軍に入る前に旅してた期間が長かったからな」
国中を旅して集めたのだ、という言の通り、エドワードの蔵書量は半端ではなかった。ロックベル家よりも二回りほど小さな家は、寝室とリビング以外の部屋はすべて書庫で、まるでそれは宝庫だった。金属関係、生体関係、気体関係――幅広い分野の錬金術書に加え、哲学書から科学研究論文、医学書や法律書など一般書籍もずらりだ。どの分野に置いても錬金術師なら目の色を変えて欲しがるに違いないほど希少価値の高い本が並んでいて、その背表紙の一覧を眺めてロイはため息を吐いた。壮観だ。
ロイは自分で淹れた紅茶を飲みながら(やはりエルリック宅にはカップもティーバックもなかったため、ロックベル家から持ってきたものだ)、乱雑に散らばったレポート用紙たちに埋められた床を見渡した。唯一暖炉のあるリビングに二人が本を持ち寄って読んでいるせいで、床にはエドワードとロイが、お互い自分にしか解読できないような走り書きで書き付けたメモが山になっている。
「これなんて、絶版の禁書モノですよね」
エドワードの前に積まれている本のひとつを手にとって、ロイは言った。ずしりと重いその分厚い錬金術書は、金属錬成の分野では名の知れたある有名な錬金術師の著作だが、発売直後に著者が錬金術の実験中に死者を出して逮捕されたために、三日で発売中止になり回収された、アメストリス国内においても十冊とないと言われている幻の文献である。
「金属錬成にお詳しいようですが」
「うん、金属関係は得意だな。一通りの錬成は他の分野でもこなせるけど」
「准将の専門は、やはり金属錬成ですか?」
「いや、オレの専門は生体錬成だよ。アルと一緒」
返ってきた答えに驚いてロイは顔を上げた。一瞬、目があった上官の、琥珀を閉じこめた鋭い瞳に息を呑む。しかしエドワードはすぐにその視線を緩めると、それ以上を語る気はないらしく、ううん、と唸って腕を伸ばして伸びをして本を抱えて席を立った。ロイは続ける言葉を見失ったまま、その背中を黙って見送った。
(鋼、の銘は金属錬成の専門だからだと思っていたが……)
本棚で埋められた一室に椅子を持ち込んで、ロイは思案にふけっていた。その部屋は『鋼』関連の部屋、すなわちエドワードの錬金術師としての査定レポートや、研究論文などが納められている部屋である。ロイはそこで、鋼の錬金術師エドワード・エルリックの初めての査定のレポートに視線を落としていた。
それは一般に使われている基礎的な金属変成の構築式、錬成陣を自らの新たな理論によって改良し、しかもそれを一般の錬金術師が使ってもリバウンドしないよう汎用化して再構築した、数十枚にもわたる研究論文である。
(これが、十数年前に書かれたものなのか? しかも、13の子どもに)
士官学校時代から天才とうたわれたロイでさえ、難解なその文章。十数年前の科学技術と一般論理からは到底生まれるはずのない斬新な理論。さらに言えば、構築式の一般化というのは並大抵にできることではない。錬金術師の編み出した構築式、錬成陣というのはオリジナルの要素が濃く、それは個々に自分の技術に合ったものなのだ。だから他の者が使おうとすれば、リバウンドの確率が高い。それを一般化するということは能力に関わらず、使用する万人に安全性が保証されていなければならないということだ。
(……俺には、出来ない)
完璧な論文を前に、ロイは唸るよりほかなかった。まさに天賦の才というものをまざまざと見せつけられている気分になる。これが13の子どもの書いたものだとすれば、そら恐ろしささえ感じられた。同時に、エドワードがあの年齢で将軍位に就いているのにも納得できる気がした。――高位でも与えて縛り付けておかなければ、軍にとってこれほどの才を持った人物は脅威になるだろう。
ロイがエドワードの錬成を見たのは、トレインジャックの主犯が拘束を振り切って襲ってきた時のそれだけだ。冷静に見ていたわけではないが、ただ、モーションから術の発動までがやたらと速かったような印象がある。その場で錬成陣を書いてはいなかったから、ロイの発火布のように何か身につけるものに錬成陣を書き付けていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、ロイは大量の『鋼の錬金術師』のレポートを読んでいった。