PRIDE

ACT13

「ロイ君はコーヒー? 紅茶?」
 一瞬、それが自分への問いだと気づかずに、目の前に突き出されたマグカップにロイは目をぱちくりさせた。にっこりと微笑む金髪碧眼の美人は、エドワードの専属機械鎧整備師で、義理の妹に当たるウィンリィ・ロックベル。その美人を前にどう答えたものかとロイが固まっていると、その傍らで、こちらはすでに椅子を一人で占領してくつろいでいた上官が、くすくすと笑った。
「照れてるんだよ、ソイツ。子ども扱いする奴なんていなかったからさ」
 おかわり。そう言ってエドワードが自分のカップを持ち上げると、はいはいと呆れたようにウィンリィは受け取って、あんたロイ君が座るとこないじゃないの起きなさいよとエドワードの頭をはたいた。痛ぇよ身長縮んだらどうしてくれるんだコノヤロウと頭を押さえて非難するエドワードになど目もくれず、ウィンリィはにっこりとロイに笑みを向ける(それはどこかホークアイ中尉に通ずるものがあって、ロイは引きつった笑みで返した)。
「まったく、あたしは大丈夫だって言ったじゃないの。それなのに一週間に延長して帰省、ですって? どうせこの機会に仕事サボろうと思ってるんでしょ」
 ぴしゃりと言われて、エドワードは反論したそうな、しかし図星を突かれてぎくりとしたような、曖昧な表情で身をすくめている。
 すげえ。素直に感心して、ロイはくせのない金髪をさらりと流して台所に身を返す女性を眺めた。国軍将軍を殴る女性などまず他にはいまい。――後日スパナでエドワードをぶん殴るウィンリィを目撃してのち、ロイは心底この女性を敬服することになる。
「はいどうぞ、ロイ君。エド、あんたは手出して」
 ロイはカップを受け取りながら、ウィンリィが親しげにエドワードの名を呼ぶのを不思議な気分で聞いた。幼なじみだという二人の間には、家族のようなうち解けた空気がある。軍人、というある意味で日常から切り離された非日常な世界で生活している上官が、こんな風に誰かと何の緊張もなく接する様子を見るのは新鮮だった。ありのままの彼はこんな表情を見せるのか、とロイが驚くくらい、子どもっぽい一面を見せる。
「うーん、これなら二日くらいかな」
 エドワードの右手を持ち上げて、角度を変えて確認しながらウィンリィが言った。それからおもむろにガシャッとその機械鎧を外したので、ロイはぎょっとして腰を浮かしかけた。見た目には腕を引きちぎられたように見えたのだ。だが怖々とエドワードの様子を窺ってみれば、まったく平気な顔をしているので、痛みを伴うものではないのだろうかと外された鋼の義肢を眺める。
「ばっちゃんは?」
「急なお産があるって、泊まり込み」
「そっか、大変だな」
「せっかくエドが帰ってくるって、シチュー作って待ってたんだけどね」
 幼なじみ同士の会話を横に聞きながら湯気を立てるカップに口をつけつつ、ロイは室内を見渡した。手作りと見える木製の机に椅子、何年も使い続けていることが見て取れる渋い色合いのチェストに、部屋の色調にしっくり馴染んだマット。壁には色あせたものや鮮やかなもの、何年もの思い出をそこに留めた写真たちがボードいっぱいにとめられていて、そこは暖かみのある、まぎれもない家族の空間だった。
 写真たちを眺めれば、小さな子ども三人組――おそらくエドワードと弟夫婦の幼い頃だろう――が無邪気に笑っているのもあって、思わずロイは、ふ、と目元をほころばせる。
「あ、少佐、後でオレの荷物上に上げるの手伝ってくれない」
「え?」
 突然声を掛けられて、ロイは思わず声をひっくり返らせた。椅子に座ってロイを見上げる格好になっているエドワードが、中身の無い右手の袖をぶらぶらさせて、
「片腕じゃちょっときついんだよ」
「いえ、そういうことではなくて……ここに、泊まるんですか?」
「そうだけど?」
 てっきり弟夫妻を訪ねた後は自宅に戻るものだと思っていたロイは、滞在先はロックベル家だと当然のように答える上官に目を丸くした。
「准将のご自宅の方ではないのですか?」
「うーん、オレはそれでもいいんだけど」
「バカなこと言わないでよ、死ぬよ」
 物騒な言葉が穏やかな声で割り込んできて、思わずぎくりとしてロイは振り返った。果たしてそこには、エドワードと同じ色を纏う青年――アルフォンスが立っていた。診療所の方に顔を出してきたのか、白衣を着ている。ウィンリィがお疲れさまと夫に声を掛け、それからエドワードの方に向き直って、
「確かにあの家にアンタを放り込んだんじゃ、三日後には飢え死にね」
「だいたい冷蔵庫に食べ物が入ってるかどうかも怪しいし。電気と水道は止まってないはずだけど」
「十中八九、食べ物がない上に食器もないわね」
 夫婦の言葉は矢のように鋭く、ホークアイ中尉の銃のように正確な命中率でぐさぐさと刺さり、エドワードは言い返せないのか、その攻撃にすっかり小さくなっている。
「あの、准将のお宅はいったい……?」
 あまりの言い様なので、どんな化け屋敷なのかとロイは恐る恐るそう尋ねた。アルフォンスが苦笑して答える。
「兄さんの家は――まあ、僕の家でもあるんだけど――生活のため、というより書庫として建てたものだから」
「書庫?」
「アルのと二人分だからな、小さい本屋よかよほど蔵書は多いぜ。手元に必要ない本やレポートなんかは全部置いてるからな」
 エドワードがそう続ければ、ウィンリィが割って入る。
「このバカ、あの家に入ったら最後、一日中文献読み漁って出てこないのよ。衣食住全部忘れちゃうんだから」
 なるほどそう言うことか、とロイは納得した。錬金術師というものは同時に研究者でもある。自分だって目の前に大量の本を積まれたら、何もかも忘れて読書に没頭してしまうだろう。一度その世界に入り込んでしまえば外界の情報は一切入ってこない。現と切り離されて、探求心のままに貪るように活字を追う体験なら、ロイにも覚えがあった。文章から展開される数多の情報を、求めるままに貪欲に吸収していくのだ。
「オレん家はこっから五分弱くらいのとこだから。明日は一日籠もるぞ、少佐」
「夕食には引きずってでも連れ戻してきてね、ロイ君」
 念を押すウィンリィに、ロイは了解しましたと答えながら、本の山を前にして果たして冷静を保っていられるだろうかと胸の内に呟いた。そしてその懸念通り、結局翌日にはエドワード共々、アルフォンスに引きずって連れ帰られるのだが、それはまた別の話である。














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