PRIDE
ACT11
老憲兵の引く荷馬車にがたごとと揺られながら、頭上に広がる青をロイは眩しそうに見上げた。
東方の田舎町、リゼンブール。広がる景色を前に一番に思ったのは、空が高いということだった。雲のない空は都会のように無粋に青を遮るものなどなく、どこまでも果てなく続いていると思えるほど高く遠く澄み渡っている。吸い込む空気は冷たく清涼で、胸に染み入るようだった。ゆっくりと進む荷馬車の横を、村の子だろう、2、3人の子どもたちがころころと笑いあいながら駆けていく。
「静かな所ですね」
「ああ、なーんも無ぇだろ」
エドワードは転びそうになりながら駆けていく無邪気な子どもたちの背中を見送って、そのままロイの視線をたどっていくように青を見上げた。細めた蜜色の双眼には、まるで暖かく燃ゆる火の煌めきのような、優しい色が点っている。故郷を見るエドワードは、司令部の彼とはどこか違う雰囲気をまとっていた。その瞳はゆっくりと過ぎていく風景を見つめているようでもあり、またどこか遠い場所を見つめているようでもあった。
穏やかな町だった。額を撫でる風は真冬であるのにどこかやわらかく、やさしい。決して快適とは言えない硬い荷馬車の上も、肌に直接当たる冬の風も、広がる素朴な風景も、すべてがどこかやさしさを含んでいた。なだらかな起伏のある土の道の傍らには、広い牧草地が横たわっている。広大な土地には人の数よりも羊の数の方が多いくらいで、盛んな牧羊はこの村を支える産業のひとつだ。
土のにおい、風のにおい、緑のにおい。
もうずっと触れずにいたものたちが濃密にロイを包み込み、ここの景色とは似てもにつかないはずの遠い自分の故郷をなぜだか思い起こさせた。
「エド坊、ロックベルさんとこでいいのかい?」
手綱を引く、顔見知りらしい老憲兵が後ろを振り向いて、エドワードに声を掛ける。
「ああ、そうだな。よろしくー」
三十路前の青年に坊やは無いだろうとか、ナチュラルに答えるエドワードもどうなのかとか色々と突っ込みたいこともあったが、とりあえずロイは痛む頭を押さえて傍らの上官に尋ねた。
「ロックベル、とは?」
「アルの嫁ぎ先」
「……」
沈み込んだロイを尻目に、老憲兵がほっほっほと朗らかな笑い声を立てる。
「アル坊も元気でやっとるぞ、嫁さんには尻に敷かれとるがな」
「違いない。嫁さんどころかばっちゃんにも敷かれっぱなしだろうなあ、あいつ」
「ロックベルさんもあいかわらずお元気でやっとるぞ」
「……あの、」
落ち込んでいる場合ではないと自分を叱咤して、ロイは二人の会話を遮った。
「……弟さんも、整備師を?」
あ、とエドワードがそこで初めてロイの戸惑いに気づいたふうに手を打ったのを見て、やっぱり忘れられていたかとロイは肩を落とす。どうもこの上官は、自分が承知していることは相手も承知しているものとして話を進めてしまう癖があるのだ。そのおかげで先ほどからロイは目の前で和やかに交わされる会話の意味がちんぷんかんぷんだった。確かエドワード専属の機械鎧技師というのは、弟の妻ではなかったか、とぼんやり考える。
「そっか、悪い悪い。お前には言ってなかったっけ。ばっちゃんってのはウィンリィの祖母で、リゼンブールで唯一の医者をやってる人だ。――正確には、外科医で義肢装具師で機械鎧調整師なんだけど」
ロイが呑み込むのを待ってから、それで、とエドワードは続ける。
「アルとウィンリィが、夫婦でばっちゃんの仕事を手伝ってる。ウィンリィがオレの専属整備師だってのは話したよな?」
「ええ」
「アルは、医者のほう。――ああ、滅多にお目にかかれないから、お前には面白いかもな」
首を傾げるロイに、エドワードは楽しそうに、口を笑みの形に変えた。
「アルは、医療錬金術師だよ」