PRIDE

ACT09

「なんか手伝うことあるかい?」
 達成感に満ちた表情で振り返った機関士二人が、キラリと歯を光らせてぐっと親指を立てた。爽やかに笑うその足下では、全力で振り下ろされたスコップに殴り倒された犯人グループの男が、ぴくぴく痙攣している。
 二両目以下の一般車両の解放から機関室の奪還までのその行程は、拍子抜けするほど簡単に事を終えた。――というのも、予想外の戦力が加わったからだ。
 銃という命を奪う恐ろしい武器をもって長時間身動きをとれなくされていた一般客たちのストレスは、想像を絶するものがあった。極度の緊張を強いられ、言わば沸点ぎりぎりのところで爆発を堪えていた彼らは、エドワードとロイの突入によって犯人たちに隙ができた途端、その溜まりに溜まった怒りを爆発させたのだ。
 機関室に突入したエドワードが行動を起こす間もなく、ぎらりと光る鉛色のスコップを躊躇無く振り下ろした機関士を、さすがの彼もぎょっとした表情で振り返ると、冒頭の台詞を返された次第である。
 白目を剥いている犯人グループの男二人を眺めて苦笑したエドワードは、機関士たちに向かってグッジョブ、と親指を立てた。
「安全運転よろしく」
「了解!」
 まかせとけ、と機関士はスコップに肘を乗せて体重を掛ける。その拍子に下敷きになっている男からぐふっと嫌な声が漏れたが、まったく気にする様子もない。泡を吹いて悶絶している男を見下ろしてロイもさすがに気の毒になったが、自業自得である。
「兄ちゃんたち!」
 機関室を後にして、再び列車の屋根に上ろうとしていたエドワードとロイがその声に振り返ると、窓から顔を出した機関士が後ろの車両を指さした。
「炭水車は汽車の命なんだ、傷を付けんといてくれよ!」
 はーい、と返事を返したエドワードは、はたと梯子に掛けていた手を止める。
「待てよ、炭水車……」
 まったく困ったことに、この青年は一度思考の海に意識を沈めると、すべてのことを置き去りにしてしまうくせがある。梯子を登る途中でいきなりエドワードが動きを止めたものだから、あやうくロイは上官の尻と顔面衝突するところだった。
「ちょっ、急に止まらないでください!」
 ロイが非難の声を上げながら上を仰ぐと、部下の文句など聞いちゃいない金髪の上官は、何か閃いた様子で顔を上げ、一気に梯子を駆け上った。
「いーいこと思いついちゃった♪」
 呆然と顔を上げて固まるロイ。ひらりと目の前で金の三つ編みが踊ったと思ったら、くるりと振り返ったエドワードと共に光が降ってくるような錯覚を感じた。太陽の光を背にして下を見下ろしたエドワードは瞳に物騒な光を煌めかせて、いたずらを思いついた子どものように、心底楽しげに口の端を上げた。
「耳貸せ、少佐」
 その命令に直感的嫌な予感が胸をよぎったのにわざと気づかないふりをして、一体何ですと尋ね返す。列車の上でエドワードはロイの耳に唇を寄せて、嬉々としてその作戦を吹き込んだのだった。







 その頃一等車両では、ハクロ将軍を人質にしたこのトレインジャックの主犯である一組が、ようやく何かがおかしいと気づき始めたところだった。
「バルド」
 静かな呼びかけに、眼帯の男はぴくりと眉を動かした。リーダー格と思われる、くせのある黒髪を後ろに束ねた男は、頬がこけ、眼光は鋭く光り、裏の世界に生きる者特有の一種独特の空気を纏っている。彼は目だけでその先を促した。
「最後尾の車両と連絡が繋がらない」
「どういうことだ?」
 その仲間の報告にバルドと呼ばれた眼帯の男が答えるより先に、隣でハクロ将軍に銃を突きつけていた黒い帽子の男が声を上げた。しかしそれを遮るかのように、バルドが低く短く問う。
「――二、三号車は」
「今、確認中だが……ああ、だめだ。繋がらない」
 人質の見張りにやった仲間にも、定時連絡はするように言ってある。その連絡がどの車両からも途絶えている。
「どういう事だ?」
 計画は完璧だったはずだ。ハクロ将軍の護衛は全員片づけたし、外部への連絡も絶ってある。身動きを拘束された一般客たちは、助けを呼ぶことも行動を起こすこともできないはずだった。
 もしも、自分たちの計画を壊す要因があるとすればそれはひとつしかない。
「……仲間が裏切りを?」
「まさか!」
 即座に否定するが、続く言葉が見つからない。車内に困惑と動揺の混ざった沈黙が降り、男たちは顔を見交わした。
 そしてただ一人視線を睨むように壁に当てたまま動かずにいたバルドが、そこで立ち上がった。振り返った彼の眼に、車内にいた男たちはごくりと喉を鳴らす。冷たく黒く燃える光をもって男たちを射抜き、バルドはゆっくりと左腕を持ち上げた。鈍い輝きが上着から覗く。先刻ハクロ将軍の護衛を一瞬で屍にしたその凶器だ。彼は怒りを押し殺したような殺気に満ちた低い声で、噛みしめた歯の間から漏らすように呟いた。
「……誰か乗ってやがる」
 馬鹿な、と仲間が否定の声をあげようとした、まさにその瞬間。
 バシッという音と共に青い光が走った。驚いて振り返った男の鼻先に、「にゅっ」という最高に意表を突いた効果音と共に、口をラッパの形にした、人間の頭部を表したスピーカーのようなものが壁から出現する。
「なんだこ……」
『あーあー犯行グループのみなさん』
 怪訝そうに眉を寄せスピーカーらしきものを覗き込んだ男は、それから飛び出てきたまったく場にそぐわない気の抜けた声にぎょっとして後退った。銃を向けられ拘束されているハクロ将軍までが目を見開き、突然の予測不可能の事態に対応できずにその場の人間は一様にそれに注目した。
 声はさらに生真面目な響きを作って続ける。
『こちら正義の味方『ゴールド&ブラック』であります。機関室および後部車両は我々が奪還しました。残るはこの車両のみとなっております』
 さらさらと単調に言われる台詞の内容に、男たちはあんぐりと顎を落とした。
『おとなしく人質を解放するならよし。さもなくば強制排除させていただきますが……』
「ふざけやがって!」
 たまりかねてバルドが大声を上げた。
「何者か知らんが、人質がいる限り我々の敗北は無い!」
『あらら、反抗する気満々?』
 始終淡々としていたその声が、そこでがらりと雰囲気を変えた。
 突然、手のひらを返したように物騒な響きと――まるで楽しむような響きとを覗かせた。
 一拍の無言の間。
 バン、と再び壁が青く光ったかと思えば、スピーカーの下に新たに水道管のような管が現れる。スピーカーに比べて格段に太く大きなそれの出現に、男たちは怪訝そうに眉を寄せた。
 そして。悪戯を仕掛けた悪魔が目を細めて笑った――そんな気配を感じさせるような声が、しんと静まりかえった車内に降りた。
『――残念、交渉決裂』
 ある意味犯人たちの予想は的を射ていたというべきか。実際、屋根の上でいかにも楽しげに物騒な笑みを浮かべたエドワードは、勢いよくぐりんとそのレバーをひねり。
『人質のみなさんは物陰に伏せてくださいねー』
 スピーカーから聞こえてくる声に、先ほどからどうも聞き覚えがあるような妙な違和感を覚えていたハクロ将軍がはっとなって立ち上がった瞬間。
 咄嗟にただならぬ気配を感じ取ったバルドが、逃げろ! と叫ぶ声も丸ごと。
 激しい音を立てて噛み付くように噴き出した激流に、一気に呑まれた。














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