PRIDE

ACT08

 桁違いの、強さだった。
 言葉を失ったロイを背に、ふわりと屋根から飛び降りて列車内に侵入したエドワードは、物音に不審に思った犯人グループの一人が五両目のドアを開けると同時に突入、間髪入れずに腹に強烈な一発をぶち込み、声も上げさせないまま沈めてその手から拳銃を取り上げた。
 そして崩れ落ちる男を最後まで見届けずに振り向きざま、エドワードは立て続けに発砲した。
 その鉛玉は、恐ろしく正確だった。
 鳴り響く三つの銃声。一つ目で車両内に居たもう一人の男の、銃を持った右手が撃ちぬかれた。間を空けず続けて撃ち込まれた二、三発目が両足をかすめる。その軌跡は十分な体勢で撃ったのではないというのに、信じられないほど正確で、容赦がなかった。両足を撃ちぬかなかったのは、出血多量で生命に危険が及ぶのを防ぐためだとロイが気づいたのは、撃たれた男が足の自由を失って倒れてからだった。致命傷を与えず、だが確実に敵の動きは止めなければならない。だから、意図的に男の両足をかすめるように撃ったのだ。
 目の前であっという間に二人を倒したエドワードに、ロイは呆然と立ちつくすよりほか、何もできなかった。それは『戦闘』と呼ぶにはあまりにも一瞬で、自分が錬金術で割って入る暇などまったくなかった。ましてやエドワード自身、錬金術は使っていない。
 すさまじい連射の衝撃を綺麗に受け流して、金髪の青年は立っていた。その左手にはまだ銃が握られている。そのあまりに簡単に人の命を奪う武器が、手に吸い付くように自然に彼の身体に馴染んでいる。実際、あれほど速く正確な射撃は士官学校の手本実演でも見たことがなかった。――もしかすれば、その腕はエドワード自身が『射撃の名人』と評したホークアイをも越えるかもしれない。
「……少佐」
 ロイに背を向けたまま、准将は低く言った。
「これが、実戦だ」
 重い声だった。戦場を知っている、人の命を奪う感触を覚えている者の声だ。
 武器を確保し、相手の動きを殺す。戦闘に置いて勝利を収めるには、いかに自分のダメージを最小限に留めて相手を倒すかが全てだ。そして自分の方が不利な条件である場合には何よりもスピードがいる。相手の虚を突く先制攻撃は必須、さらに自分の動作の流れを止めず即座に状況を判断して攻撃しなければならない。いちいち体勢を整えていてはその分時間のロスだ。実戦では一瞬の迷いが自分の命の天秤の傾きを左右する。
 どれも決して教科書には書いていないことだ。二人の敵を相手にして先程のエドワードのように倒せるか、と問われれば、到底無理だと答えるしかロイにはできない。否、おそらく同じことができる者はそうそう居ないだろう。――エドワードは、相手の武器をまったく恐れていなかった。丸腰でありながら、武器を所持した敵を相手に動きに何の乱れもなかった。死への恐怖が無いのではないか、とロイがひやりとしたほどに、踏み込みが深い。だから、あれほど速く二人の敵を沈めた。
 ――軍人なのだ。
 ロイは思った。
「こいつら身動きできないように縛っとけ。オレは残りの一般客を解放するから、お前は後から来いよ」
 言ってエドワードは、初めてロイを振り返った。目があって、わずかに瞳が揺れる。その琥珀の瞳によぎった光がロイの心を揺さぶった。泣くのを堪えているかのようでもあり、ロイが口を開くのを怖れているようでもあった。それをごまかすかのように口に刻まれた笑みに、ロイは悟る。
 この人は、優しいのだと。
 深々と頭を下げたホークアイの姿が脳裏をよぎる。
「了解しました。――准将、」
 歩き出そうとしたエドワードを呼び止めると、ん、と彼は軽く返事をして振り返った。極上の蜂蜜を溶かしたような綺麗な金色の瞳の真ん中に、自分が映る。エドワードはどんなときでも視線を逸らしたりしないと、ロイは知っていた。
 エドワードを見つめたまま、右手を持ち上げる。
「ついていきます」
 エドワードは目を見開いて、敬礼するロイを見つめ返した。投げられた短いその言葉をゆっくりと呑み込むように、濡れた黒曜石のような深い黒の瞳をじっと見つめる。ロイの真摯なまなざしに、一拍を置いて彼は破顔した。まるで太陽が笑み零れるかのようだ、とロイが内心で呟いたのは知ることなく、エドワードはそのまま踵を返す。
 その声は背中を向ける刹那、ロイにだけ聞こえるように。
「追いつけなきゃ、置いてくからな」
 承知、とロイは口もとに笑みを敷くと、エドワードと逆方向に身を返した。まずは足下に転がっている男たちを片づけることだ。ロイは男たちを拘束するために、ポケットに入れていたチョークを取り出して床に錬成陣を書き付けた。その陣の中心に手を置き、術を発動させる。
 がっちりと床に縫い止められた男二人を背に、ロイは立ち上がった。ポケットから発火布を取り出して、右手にはめる。その手の平をロイは一度見つめて、ぎゅっと握りしめた。
 そして彼は顔を上げ、金髪の上官を追いかけるべく、床を蹴った。














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