PRIDE
ACT07
ふわり、と風が吹く。
まるで炎を背負っているかのような深紅のコートがはためいて。
浮かべた薄い笑みはそれまで彼が踏み台にしてきたもの、奪ってきた命を暗に示すような。
遠くを見つめる瞳は祈りを捧げることで神に許しを請うているかのようで。
流れる長い金髪は、けれど美しく純粋な煌めきを零して。
ロイの言葉を、奪った。
■
「それでも」
長い沈黙の後、ロイは静かに言った。
「それでも、発火布の使用許可を頂きたい」
エドワードを無傷で守るためには自分の炎で戦うのが一番有利だと思った。エドワード自らが言っていたように、錬金術は殺傷能力が高い。それだけに、一般客を巻き込まずにやってのけられるか、と問われれば、その可能性を全く否定することはできない。錬金術は遊びじゃないということなど、ロイが一番分かっている。生身の人間に対して錬金術を向けることにためらいはないか、と問われれば、やはりないとは断言できない。
しかし、いくら軍人と言っても、エドワードは不死身のヒーローではない。ましてや今は鋼鉄の鎧に守られているわけでもなければ、銃を手にしているわけでもないのだ。そんな無防備で、人数の勝っている上に武器を所持した敵たちに立ち向かっていくのは、勇敢を通りこして無謀である。
自分の錬金術が唯一の武器になると、そう思った。
「軍人になった時から、覚悟はできています」
あの人は優しすぎる、とこぼした彼の副官。そのホークアイの言葉が思い出された。覚悟を決めなければならない、と思ったのはその時だ。エドワードの足手まといにはならないと、彼を守ってみせると決意した。
――だから。
「俺の炎を、使ってください」
一人称を改めなかったのは覚悟の表明。
しかし、エドワードはまっすぐにロイの瞳を見て、そして首を振った。
「……マスタング少佐」
金の瞳が揺れる。めずらしく、彼は何か言葉を迷っているような表情を見せた。しかし少しの間の後、口を開いたエドワードのその声の響きに、ぞくりと背筋が冷えた。
「どうしてオレがこの歳で将軍位にあるのか、疑問に思わなかったか」
その静かな問いは、なんの生気も帯びていないように無機質で、冷たく、それでいて鋭利な爪を隠しているような、そんな感じがした。何故、今、このタイミングでそれを問うたのか、何を言わんとしているのか、理解することができずにロイは黙って上官を見つめ返した。
まじまじと見つめれば、本当に、まるで少年のようだと思う。実年齢でさえ二十九の、年若い将軍。それは異例の、と言うよりもむしろ異常だ。その歳で、一生をかけて駆け上がるべき階段の、すでに頂上までをも見える位置にいる。
ロイの困惑を見て取って、エドワードは薄く苦笑ともとれる笑みを浮かべた。
「オレは、尉官スタートじゃない」
静かに落とされたその言葉が何を示すのか、ロイはすぐにはわからなかった。それが、一体どうしたのかとロイは首を傾げかけて、だがその刹那脳裏をよぎった一つの可能性に気付いてはっと顔を上げた。
そう、ただひとつだけ、この軍事国家において佐官位から軍に入れる国家資格。
その意味を、示すものは。
「――【鋼】の錬金術師」
ふわり、と下から吹き上げた風が頬を撫でた。深紅のコートが揺れる炎のようにはためき、長い金の三つ編みが風に攫われて、きらきらと光を零す。その金糸に縁取られた顔はロイをまっすぐに見つめ、そして静かに続く言葉を唇に乗せた。
自嘲するように、口の端を持ち上げて。
「イシュヴァールの英雄の称号だよ」