PRIDE
ACT05
「……この状況でよく寝てられんな」
いやごもっともで。
銃口を向けられているにもかかわらず思わず賛同しそうになって、いや違うだろ、とロイは自分自身に突っ込みを入れた。
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突然一般車両に乗り込んできた、いかにもといった装いの物騒な男二人が銃を突きつけて、
「手を挙げろ! 抵抗する者は撃つ!」
とお決まりな台詞を吐いたのは、つい先刻のことだった。
突然の出来事に状況が呑み込めない乗客たち相手に、「楽しい旅行は終わりだ、ここからはスリルと絶望の旅行といこうじゃないか」と悪役よろしくやった男たちは、震えながら両手をおずおずと挙げる乗客たちを端から気分良さげに見渡していった。だが最後にたどり着いた座席でぐうぐう寝ている金髪と、手も挙げず超然と座ったままの黒髪の侮蔑したような視線に出会って、彼らは眉間に皺を寄せた。
「何だお前ら?」
銃口を突きつけても黒髪は依然表情を変えない。金髪にいたっては目を覚ます気配もなくぐうすか寝ているので、冒頭の台詞に至った、というところである。
「おい!」
耳元で大声を上げても銃で頬を突いても起きない。寝心地どころか座り心地さえ良いとはお世辞にも言えない硬い座席に器用に身体を折りたたんだ金髪は、時折口の中でごにょごにょと寝言を呟く。あんまり幸せそうに夢の世界を堪能しているその姿に、意識がないとはいえ馬鹿にされているような感すら覚え、だんだんと怒りが上ってきた男は、歯をぎりぎりと噛んで「いい加減……」とタメを作り、
「起きろ、この女!」
と叫んだのだが。
焦って腰を上げたロイが訂正を入れるより先に、
「だぁれが女だーっ!!」
と飛び起きたエドワードの強烈なアッパーをくらい(不幸にも彼の右腕は鋼の機械鎧である)悶絶して倒れ込んだ。一発ケーオー。ふん、と息を吐いて憤然と立ち上がったエドワードの足下に転がった男を冷ややかに眺めて、ロイはご愁傷様と小さく呟いた。
「それで? お前達の他に機関室に二人、一等車にどっかのお偉いさんを人質に四人、一般客車の見張りに四人。――ほかは?」
「そ、それだけだ! 本当だって!」
にっこり、と。満面の笑顔と(その背景に渦巻くどす黒いオーラは中尉のそれとそっくりだとロイは思った)至極優しい声音で尋ねたエドワードに、男は悲鳴のような声で答えた。ちなみにこの問答は彼がぼこぼこに殴られ、ロープで後ろ手に縛られて床に転がされた状態で行われている。先程ケーオーされた片割れは、未だ男の隣で沈んだままだ。それに比べて傷ひとつ負うことなく男たちを捕らえた金髪の美しい青年は、涼しげな顔で男たちから取り上げた銃に指をかけていた。明らかにその物騒な武器に慣れている様子の青年に、男はごくりと息を呑む。必要ならば目の前の人間は何のためらいもなくその引き金を引くだろうと悟った男は、自分の命惜しさに洗いざらいを暴露した。
自分達は『青の団』の一員であること(それってオレがこの前親玉監獄にぶち込んだ奴らじゃん、とエドワードが小さく呟いたのをロイは聞き逃さなかった)、このトレインジャックは残り十人のメンバーと、自分たちの指導者の解放を軍に要求するために起こした犯行であること。
「あと十人も!?」
仲間がやられたと知れば報復に来るのではないかと、周りを囲んだ乗客たちが不安の声を上げる。エドワードはうーん、と顎に手を当てて何か考えているようである。ロイはその間も、男が妙な動きをしないよう細心の注意を払って見張っていた。その手には万一の場合に備えて表に錬成陣を描いた発火布の手袋がはめられていて、もしも男がエドワードの隙をついて攻撃をしようとした場合、即座に消し炭にする心構えである。
「よし!」
ぽん、と何か閃いた様子で手を打ったエドワードは、周りの乗客たちの中から屈強な若い男二人を選んで自分の持っていた銃を手渡した。突然人を殺める力のある武器を手にさせられた青年たちは、おっかなびっくりの表情で自分の手の中の重みを見つめる。
「あんたらはここで、こいつらを見張ってて。仲間と連絡を取ろうとしたり、誰かを攻撃しようとしたりしたらそれを遠慮無くぶっ放せばいい。――ただ銃に慣れてはいないだろうから、目標をしっかり定めろよ」
声のトーンをひとつ落とした最後の言葉は、犯人たちへの『銃の扱いを知らない奴らだから手加減して急所を外すような器用な真似はしてくれないぞ』という脅しである。隣で未だ白目をむいて気を失ったままの仲間を見つめた男は、ほとんど自分たちの敗北が決定したことを悟ってがくんと頭を落として項垂れた。
「んじゃ、オレ達は残りの馬鹿共をぶっ飛ばしに行きますか」
言ってエドワードはロイを振り返る。ロイも頷きを返してぐっと拳を握った。しかし身を返してその場を出ようとした彼らに、後ろからとまどいがちに声が掛かる。
「あの、貴方達はいったい……?」
ゆっくりと、金髪の青年が振り返る。長く編まれた金髪がふわりと振り返る動作に合わせて流れ、蜂蜜を溶かしたような金の瞳が彼らを捕らえた。身に纏う血のような鮮やかな赤と、その上に零れる淡い金のコントラスト。片側から差す陽光を背負ったその姿はまるで光の中佇むあやかしのようで、その妖艶な美しさに乗客たちは息を呑んだ。
青年は瞳に物騒な光を煌めかせてゆっくりと口の端を上げると、
「そうだな、さしずめ正義のヒーロー『ゴールド&ブラック』ってとこかな?」
その瞬間、「ネーミングセンスねえ!!」と突っ込んだのは、額に手を当てて床に倒れ込みそうになったロイだけではあるまい。