PRIDE
ACT02
「寒いっスー少佐ー」
「ちょっと火でも起こしてもらいたいくらいだなあ」
「書類が燃えたらどうするんです」
「いいねーそれむしろ歓迎」
「……いい加減に手を動かさないと撃ちますよ?」
いや、濃いメンバーだとは聞いていたが。
ここまで自分の予想を天高く山一つ分くらい突き抜けた現実を目の当たりにするとは思っていなかったロイは、セーフティを外した銃を本気で部下に構えているホークアイ中尉を横目に深いため息を、ついた。
■
「すみません、少佐。騒々しい執務室で」
「……いや」
それよりその銃を下ろしてくれないか。本音としてはそう言いたかったが、ロイは敢えて口には出さなかった。なんだか逆らってはいけないオーラがホークアイ中尉を取り巻いているのがその理由である。部下たちが飛び上がって忙しく手を動かし始めたのからしてみても、いざとなればホークアイは本気で発砲するに違いないとは明らかだった。美しい笑顔が恐ろしい女性など初めてだ、とロイは身をすくめてひとりごちた。
ロイが東方司令部に配属されてから、一ヶ月がたつ。
司令部の主な面々と初対面の挨拶をすませ、仕事をひとつずつ覚えていきながら、大分軍人生活にも馴染んできた。――と言っても、頭を抱えることは一日に何度となくあったのだが。
なぜと言って。
「少佐ー、火ィもらえませんかね」
煙草をくわえたまま長身をかがめて覗き込んできたのは、ハボック少尉。ロイは顔も上げずに無言で発火布をはめた右手をパチンと鳴らした。ハボックの煙草の先に小さく火が点る。
実は、このやりとりはこの一ヶ月の間に幾度となく行われたものである。ハボックは「ありがとっスー」と敬語なのか敬語でないのかわからないような礼を言って、自分のデスクに戻っていった。上官をマッチ代わりにするのはこの男くらいではなかろうか、とその背中を見送りながらロイはひとりごちる。年が遙かに若いから自分に対してはそんな態度を取るのかとロイは最初思ったが、ハボックが直属の上官であるエドワードの前でも煙草を離さず、そればかりか「灰皿借りますねー」などと言いながらエドワードのデスクの上の灰皿に吸い殻を突っ込んだのを見た時には、本気で目を疑った。だがエドワードはまったく気にせず、「オレにも一本分けてくれ」と煙草をねだる始末。
「マスタング少佐だ。【焔】の錬金術師で、今日から皆と一緒にここで働くから、仲良くするんだぞ」
事の発端は、そんなどこぞの小学校で転校生を紹介するような調子で自分をお披露目したエドワードにこそあるのではなかろうかとロイは若干根に持っているが、だからってすぐさま「錬成見せてくださいよー」と初対面の上官に群がって錬金術を要求するような部下たちも大いに問題だ。
(一体、どんな司令部だ……)
執務に慣れてもメンバーに慣れないというのはいかがなものか。執務室のメンバーはことごとくロイの意表を突く行動をしでかすし、当の主であるエドワードは執務をサボるわ、部下にちょっかいをかけるわ、そもそも外見からして『将軍』にまったく見えないわ(言動も少年そのものだから余計だ)、なるほど親分が変わっているなら下に付く人間も相当癖のある者が集まってくるものだと思う。
「おはよー」
ノックも無しに入ってきたのは、その問題の将軍様だった。頭をぼりぼり掻きながら、あくび交じりにされた挨拶に、室内にいたメンバーが口々に答える。ホークアイ中尉がにっこりと笑みを貼り付けて立ち上がった。
「お早うございます、准将。ですが、今現在何時だとお思いで? 貴方がデスクに座っていなければいけない時間から既に3周ほど時計の針が回っておりますが、それについて釈明があれば簡潔にどうぞ」
ごごごご、と効果音が聞こえるほど笑顔に物騒なオーラを乗せて銃を構えるホークアイに、寝ぼけ眼だったエドワードはぱっちりと覚醒した。
「ご、ごめん中尉。オレが悪かった!――アルから電話があってさ」
理由を述べる前に中尉に謝罪を入れるあたり、この若い女性尉官に相当の恐れを感じるべきところだが、そのホークアイはエドワードの口から出たアル、という言葉に反応してセーフティを外そうとしていた指を止めた。
「アルフォンス君が?」
「うん。話はアルのことじゃなくてウィンリィのことだったんだけど」
どうやらアル、というのは人の名前らしい、とロイは思った。准将の自宅に電話を掛けてくるような人物だとしたら、よほど親しい友人、あるいは身内だろうか。
「アル、ウィンリィというのは?」
ロイが小声で隣のハボックに尋ねると、「弟とその嫁さん」との答えが返ってきた。へえ、兄弟がいたのかとエドワードを見つめ返すと、なるほど優しく眼を細め、やわらかな声音でアル、とその愛称を唇に乗せるときのエドワードの表情はいかにも『兄』という感じで、仲の良い兄弟なのだろうと察しが付く。
「ウィンリィがな、おめでたなんだって」
はにかむように笑ったエドワードの言葉に、ホークアイも驚きを顔に広がらせた。
「それは……おめでとうございます」
話を聞いていた他の面々も同様で、室内が口々に贈る祝いの言葉で溢れる。どうやらエドワードの弟とはメンバー全員が付きあいがあるらしい。軍人ではなさそうな口ぶりだったが、やはり何かしら軍に関係があるのだろうか。
「で、ちょうどいいから皆にもここで言うけど」
室内を見渡して頭数が揃っているのを確認すると、エドワードはそう前置いて宣言した。
「オレ明日から一週間リゼンブールに帰省するから」
「……は?」
全員が一様にぽかんと口を開けて固まった様子は、端から見ればさぞかし滑稽な光景だったに違いない。