PRIDE
ACT01
重々しく自分の前に立ちはだかるドアの前で、目をつむり、大きくひとつ、深呼吸をする。
少し袖の長い真新しい軍服の中できゅっと拳を握りしめて、顎を引いた。このドアの向こうに、自分の直属の上官になる人物が待っている。
ロイ・マスタングはゆっくりと目を開け、ドアを見据えて一拍を置き、そして二度、ノックをした。
■
入れ、という高めの若い男性の声に緊張が走った。ノブに掛けた手を回すのには、ひどく勇気がいった。――入隊と同時に少佐を拝命された自分が軍部内でどのように思われているのか、ロイは理解していたからだ。十五歳の、しかも士官学校を卒業してもいない子どもが佐官の地位に就くということ。確かに国家錬金術師は少佐相当の地位を持つが、正式な軍人として入隊するとなれば、話は別だ。それは士官学校を出、実践を積み昇進を重ねて尉官から上がってきた者たちを軽々と飛び越えて、彼らの上官にいきなり収まるということである。当然、上も下も黙っちゃいないだろう。そんな自分を受け入れることを歓迎する部署など皆無と言っていい。初めからいいように思われていないとわかっている相手に対面しようと一歩を踏み出すのには、勇気が必要だった。
だが、ロイ・マスタングはやはりロイ・マスタングだった。エリート中のエリート達の集まる士官学校で首席を一年間誰にも譲らず、学校に自分より優れた者は居ないと悟ればあっさり退学届を出し国家錬金術師となった少年だ。失礼します、とドアを開けて入室し、びしっと決めた敬礼と共に発せられた声は、緊張や不安など微塵も感じさせない凛とした響きを持って室内に降りた。
「本日付で東方司令部に配属されました、ロイ・マスタング少佐であります」
が、しかし。
「あー、敬礼いいよ、堅苦しいから。楽にして」
気合いの入ったロイの挨拶に返ってきたのは、その場の緊張感を一気に拡散させるほど軽い言葉だった。さすがのロイも敬礼をしたまま呆然と、その声の持ち主――黒い革張りの椅子に座り、足を組んで構えている青年(という括りにやっと入るくらいの外見だった)を見つめた。
「やあ、いらっしゃい」
青年が、立ち上がる。それに合わせてくせのない長い金糸がさらりと零れた。こちらを真っ直ぐに捕らえた瞳は、強い意志を宿した琥珀。文句なしに整った顔は中性的な面差しをし、整いすぎているせいで少し冷たい印象がある。あり得ないと分かっていながら、十代と言われても納得してしまうような若さだった。窓から差す陽光が彼の背に降り、輪郭をぼかしているせいであやかしめいて見える。思わずその金の輝きに見とれて、ロイは言葉を呑み込んだ。
「【焔】の錬金術師だな。オレは、エドワード・エルリック。地位は准将、まあ一応ここの一番おエライさんだ」
目が合い、そう言って手をひらひらと振る彼に、ロイはあんぐりと口を開けた。
(エドワード・エルリック准将……これが!?)
町じゅうでその評判を聞いた、『東方司令部の将軍様』。内乱で荒れていた東部を建て直した立役者だ。テロや襲撃で倒壊した建物の再建、都心から田舎までの医療施設の完備、駅、堤防、橋の建設。彼の市民への施しは的確で十分であり、イーストシティの市民からは絶大な人気と支持がある。加えてテロ検挙率は軍部内トップ。
一体どれほどのカリスマ性を持った人なのかと厳ついイメージの将軍を思い描いていただけに、受けた衝撃はちょっと立ち直れないくらいのものだった。が、いつまでも阿呆のように放心している場合ではない。ロイはぐっと背筋をのばして、自分のそれより少しだけ高い位置にある瞳をまっすぐに見据えた。
「承知しております。色々と至らない点も多々あると思いますが、精一杯准将の下で学ばせていただきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします」
ん、と喉の奥で軽く頷き、お前堅っ苦しいの好きだなーと呆れたように笑ったエドワードは、隣を示した。
「こっちはオレの副官で、リザ・ホークアイ中尉。射撃と上司の尻の叩き方は名人級だから、その辺は彼女に習うといい。あとのメンバーも濃いのが集まってるからな、またおいおい紹介していくよ」
上司の言葉を受けて、エドワードの隣に控えていた、金髪をきっちりまとめて軍服をきちんと着込み、涼しげなまなざしをした女性が身体に染みついた流れるような動作で敬礼をした。
エドワードがロイの前まで進む。二人の間の距離が縮まり、瞳が捕らえられる。間近で見る金の輝きが背負った陽光を反射して眩しく、ロイの夜の色をした瞳の真ん中に、金の太陽のような姿が映った。
「ちなみに、」
そしていたずらっ子のような表情を浮かべて手を差し出したエドワードは、思わず条件反射でその手を取ったロイを覗き込んで、にやりと口の端を上げた。
「お前がここに振り分けられたのは、お前が軍の厄介もんで、オレが軍の危険因子だからだ。――ま、問題児同士、仲良くやっていこうぜ」