PRIDE

ACT00

 ぱらり、ぱらり、と。
 豪奢な背もたれの黒椅子に収まり、手にした数枚の書類をめくっていた上官は、その中の一枚に目をとめて、ふと口の端を持ち上げにやりと笑った。手元に視線を落としているため半ば伏せられた琥珀の瞳には、楽しみを見つけた子どものような光が遊んでいる。まるで極上の悪巧みを思いついた、そんな上司の様子にリザ・ホークアイ中尉は珍しいと思いつつ、だがつとめてさり気なく声を掛けた。
「どうしました、准将」
 部下の声に顔を上げる。物騒な光を点したままこちらを射抜いた瞳に一瞬呑み込まれそうになって、ホークアイ中尉はこくり、と喉を鳴らした。まるで獲物を捕らえた獣のような、瞳。
 この上司の下についてからもう何年が過ぎただろうか。ずいぶん慣れたと思っていたのに、ふと見せる上司のこのような一面に未だにどきりとする。肩の階級章と外見がまったくイコールで結びつかない、年若い、ここ東方司令部総司令官の任に就いた青年。名を、エドワード・エルリックという。初めて対面したときは内心、一体どんな人物なのかと判断しかねた。その頃の彼の肩書きは大佐であったが、二十代という異例の若さと、それに輪を掛けて少年と言っても通用するほどの華奢な外見に、不審を抱くなと言うほうが無理というものだ。見た目通りの人物ではない、とはとうの昔に悟ったが、自分にはずいぶん色んな面を見せるようにはなったものの、まだある一点を越えて踏み入ることをエドワードは許してはいないと、ホークアイは承知していた。
 高い位置で一つにくくられたハニーゴールドの長髪はさらりと背に流れ、窓から差し込む陽を浴びてきらきらと輝いている。同じ色をした獣を思い起こさせる瞳が、すうっと細められた。
「今日、だったよな」
 主語の抜けた文に、一瞬首を傾げかけたが、すぐにああ、と思い立つ。
「今日からここに配属される少佐のことですか? 確か…」
「焔の錬金術師」
 続けようとした言葉はエドワードの口から、何もかも承知した、というような響きを持ってして発せられた。ということは、手にした書類は新しく配属される少佐のものなのだろう。もう一度それに目を落とし、静かな声でエドワードは読み上げた。
「ロイ・マスタング十五歳。士官学校に籍を置いたのは僅か一年。中央の士官学校に首席で入学し、その後一般科目、実技、戦闘訓練及び錬金術の分野においてずば抜けて優秀な成績を納め年間通して学年首席をキープ。しかし一学年終了と共に自主退学。……おーかた士官学校で改めて勉強することなんてねえとか思ったんだろうよ」
 面白え奴。つらつらと読み上げられる経歴に目を丸くして固まったホークアイを余所に、エドワードはそんな台詞を呟いてくっくっと楽しげに肩を揺らした。
「士官学校にサヨナラしたのち国家錬金術師試験に一発合格、焔の錬金術師を拝命されてすぐ軍属じゃなく入隊を希望、か。どーしてウチにはこう問題のある奴ばっか送られて来るんだろうねえ」
 それはまさしく総司令官であるエルリック准将が軍内一の問題児だということが起因しているのだろうが、あえてホークアイは突っ込まずに薄い笑みを浮かべた。言い返せないほど、ここのメンバーには一癖も二癖もある者が揃っている。――つまり、上手く扱えばどんな手も繰り出せる一級の技術や力を持った者たちだが、使いこなせなければ厄介な上、物騒極まりない集団というわけだ。しかも味方に付けるには難しい問題児ばかり。少なくとも右向け右、にはまず従わない。
「さて、そろそろお出ましかな」
 その声を合図にしたかのように。書類をばん、と机に叩きつけて立ち上がったエドワードと、その視線の先を追いかけるようにして振り返ったホークアイとが見つめる執務室のドアが、コンコンと鳴った。














SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送