HIDE and SEEK
エドワードは長い廊下を大股で突き進んでいた。彼はただ静かに歩いているだけなのだが、怒りというものは単純に爆発させて暴れるよりも、絶対零度の眼差しの内で静かに燃え上がらせている方がはるかに恐ろしい。彼とすれ違った人々はみな一様にして、この暑いのに一人だけ氷点下の空気を纏い、瞳を金色の炎で爛々と光らせながら歩く若い佐官を見るなり震え上がって道を譲っている。 (くっそ……どこに隠れやがった) すれ違う人間を本気でびびらせていることには気づかずに、エドワードは悪態を吐いた。てっきりあのバカ将軍は外出したまま逃亡中だと思ったのだが、受付嬢に確認してみれば、本日マスタング少将は一度も司令部を出ていらっしゃいませんという。ならば必然的に建物の内にいるはずなのだが、執務室は言うまでもなく、仮眠室も資料室ももぬけの殻で、姿を見かけたという人も居ない。サボリの常習犯であるあの男は、その気になればあの目立つ外見でありながら、空気に溶け込むように存在感を消すことができるのだ。 (他に、アイツが隠れそうなところって言ったら……) 忙しく考えを巡らせながら歩いていたエドワードは、はっと何かを閃いたように足を止めた。数週間前の、夕陽に朱く染められた部屋がふいに頭をよぎった。あの時も――昨日、も。どこか様子がおかしかった。もしかして、と頭に浮かんだ可能性についてエドワードは一瞬思案した後、ぐ、と右手を握り締めて、踵を返した。 ■■■
エドワードが向かったのは、司令部北館の奥まった場所にある資料室だった。閲覧禁止資料室と呼ばれているそこは、重大事件の資料や持出・流出禁止の文書などが管理されていて、滅多に人が寄り付かない場所である。資料室の鍵の貸出を申請する場合には将軍の許可証が必要で、なおかつ入室できるのは佐官以上の軍人のみといった決まりがある。もちろん、マスタング少将の鍵の貸出記録など無かったが、彼は錬金術師だ。鍵のかかった部屋に入ることなど造作もない。 (あった……) 足早に駆けてきたエドワードは肩を上下させて乱れた息を整えながら、資料室の扉のある一点を指でなぞった。よくよく注意して見なければ気付かないような、けれども確かにそこにある、微かな錬成痕。それを確認して、エドワードはすぐさまパン、と胸の前で両手を打ち鳴らすと、壁に手をついた。 青い稲妻のような錬成光が走って、扉が出来上がる。素早くエドワードは資料室の中に身をすべり込ませ、再度両手を合わせた。瞬く間に壁が再構築されていく。どうせまた出る時に錬成するのだからわざわざ元に戻すのは手間になるが、本来あるはずのない扉を残しておくわけには行かなかった。冷やりとした空気が満たす薄暗い廊下に人影は皆無とはいえ、こんな反則技は間違いなく処罰ものなのだ。 錬成を終えたエドワードは息をつくと、後ろを振り返った。そしてそのまま、彼は息を呑んで固まった。アルミの本棚と、本棚の間。床に座り込み、壁に背中を預けて足を投げ出した格好で、手に何枚かの資料を持ったまま、ロイ・マスタングが眠っていた。 珍しい、と静かに歩み寄りながらエドワードは心の内に呟いた。この男の寝顔を見ることはほとんど皆無に近かった。ましてや、寝ている男を見下ろすことなど。基本的に気配に敏感な彼は、仮眠を取っていても起こしに行けば扉を開けた時点で目を覚ますし、ベッドを共にする夜でさえ、意識が落ちるのはいつもエドワードが先で、目覚めるのは後だ。だから、瞳にかかっている長めの前髪にエドワードが触れても、やや俯いたままで目を閉じている男が信じられなかった。覗き込んだ顔が、こころなしか黒髪の落とす影の所為だけでなく青ざめて見える。 「……疲れてんなら、仮眠室で寝ろよ」 隣で文句を言っても、男はぴくりとも動かなかった。目を覚ます様子がないその顔を少し見つめてから、エドワードは伸ばされた男の足を跨ぐと、正面に対峙した。そのまま膝を床に付いて男を跨いで膝立ちの格好になる。 漆黒の瞳が閉じられているせいか、まじまじと見つめれば、眠る男の顔は普段よりもさらに若く見えた。やはり顔色は悪いが、呼吸は穏やかなのでほっと息をつく。エドワードは起こさないように注意しながら左手を男の肩に添えた。熱があるかどうか確かめようと、身をかがめてゆっくりと顔を近づけながら、そっともう一方の手を額に伸ばして、そして。 いきなり、身体が反転した。 |
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