HIDE and SEEK



「ん――ッ!?」

 突然右手をぐいっと引かれて、勢いのまま反転した視界と、ドン!という音と共に背中を打った衝撃に目を白黒させている間に、噛みつくようなキスで唇を塞がれた。心臓が一気に跳ね上がるのと同時に、強引に唇をこじ開けて、舌が侵入してくる。汗が、噴き出した。やっと飲み込めてきた事態にどうすることもできないまま、歯の裏をなぞられ、背中が跳ねる。酸素を求めて口を開けばより一層深く舌や唇を吸われて、何度も角度を変えて繰り返される貪るようなキスに、本格的に意識が飛びそうになった。

「――ッ!」

 渾身の力を込めて男の胸を叩くと、やっと唇が離れた。激しく息を乱しながら、壁に押し付けられた後、徐々にずり落ちてしまっていた上半身を起こして睨み上げると、そこにはにっこりと笑みを浮かべた男の顔があり。ようやく酸欠状態から解放されて眼尻に涙を浮かべながら、真っ赤な顔でエドワードは叫んだ。

「お、お、お……っ!」
「おはよう?」
「違うわ! お、起きてたんなら言いやがれっ!!」

 肩を揺らしてくすくすと笑うロイに、エドワードはますます血を昇らせて、コイツ一発殴ってやろうかと拳を握り締めた。この時ばかりはこの手がもう機械鎧でないのが心底残念だ、と考えながら。

「最初は本当に寝ていたよ。起きたのはついさっきだが、君があまりにも可愛いことを言って、可愛いことをしてくれそうだったから。それに、こういう時は王子のキスで目覚めるのがセオリーだろう?」

 エドワードのスイッチが本気モードに移行しようとしているのを敏感に察知したロイは、素早く先手を打って優しく微笑んだが、言い終わるか終らないかのうちに問答無用とばかりに拳が飛んできた。
 もちろんかわしたが、ひゅっと頬の横で風を切った拳の速さに軽く目を見張る。

「……容赦が無いな」
「誰が王子だ! オレはもともと本気で怒ってたんだよ!」
「なぜ?」

 この場合、その配役なら誰が王子だと言うよりはむしろ誰が姫だと突っ込むべきなんじゃないかと思ったが、賢明にもロイはその突っ込みを呑み込んで、台詞の後半部分に反応を返した。すると、ぴきん、と瞬時にエドワードの身に纏う空気が凍りつく。どうやら地雷を踏んだらしい。第二弾が来るか、とロイは身をすくませたが、予想に反してエドワードは手を上げてこなかった。――代わりに開いた唇から発せられた声は、氷のように冷たく鋭利だったけれども。

「今日の午前は、やっと、やっと半日だけでも取れた休みだった」
「それが何か?」

 ぷっつん。
 あ、キレた。と、ロイはまるで客観的な感想を述べた。それまでエドワードを包んでいた冷やかな冷気が、一転して金色の炎に燃え上がる。

「休みっていうのはなあ、時間を! 自由に! 有効活用するための! ものだろうが!」
「ああ、それで?」
「アンタなあっ! 今日の午前が休みだからって、無茶苦茶しやがって……っ! 腰は痛ぇわ、足腰は立たねえわ、声は出ねえわで、アンタの所為でオレの貴重な休みのほとんどが、ベッドの上で身動き取れないまま回復に努めることだけに終わったんですが、ねえ?」

 嫌みたっぷりにわざと敬語で締めくくってエドワードは目の前の男をぎろりと睨み上げたが、先程大部屋の軍人たちを震え上がらせたその視線を真正面から受け止めて、ロイはゆっくりと微笑んだ。怒りに彩られたエドワードの瞳は、殊の外美しいとロイは思っている。気高い獅子のように爛々と輝く黄金の双眸は、ある種の神聖ささえ感じるほどだ。
 ふっとやわらかく細められた漆黒の瞳と、向けられた穏やかな笑みにエドワードは一瞬ひるんだ。

「しかも、なんだって……こんなとこで、寝てんだよ。探す方の身にもなってみろ! ていうか、錬金術使うなんて卑怯だぞ。オレ以外見つけられないだろうが」

 深い闇色にあやうく飲み込まれそうになって慌てて言葉を探して続けたが、ロイはそんなエドワードの僅かな動揺を見抜いて、悪戯っぽく微笑んだ。勘のいいエドワードが何やら不穏な気配を察知して逃げ出すより先に、細い手首を掴んで、再び壁に押し付ける。
 両手を顔の横で縫いとめられる格好になったエドワードは、先程までの怒りを完全に忘れて目をぱちくりした。エドワードの状況把握が追い付いていないのをいいことに、そのままロイはエドワードに乗り掛かると、身をかがめて耳元に唇を寄せた。さらり、と頬に触れる金糸の零す光を眼の端に、息のかかるほど近くで。


「君に見つけて欲しかったんだ」


 豊かに響く低い声で甘く囁けば、エドワードの耳がさっと染まった。どうやら悪戯は成功したようだ。掴んだ手首から明らかに力が抜けたのが伝わってきて、ロイは堪え切れずに笑みをこぼす。これだけ耳まで真っ赤なら、面(おもて)を覗き込めばさぞかし可愛い顔をしているに違いない。光を凝縮した、純度高い黄金。ずっと手に入れたかった。どんな宝石にも劣らぬ至高の輝きを湛えた金色を、もう決して手放したりなどしない。

 我に返ったエドワードが盛大に暴れ出す前に、真っ赤に染まった顔を楽しんで、ついでに罵詈雑言を叫び出す唇を塞いでしまおうと、ロイは屈めていた身を起こして、微笑みとともに可愛い年下の恋人を覗き込んだ。








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