HIDE and SEEK



「……いない?」

 地を這うような低音に、大部屋に詰めていた軍人たちはさあっと顔色を失くした。正面切って対峙しているハボックは、怒れる獅子のように猛々しい金の双眸を向けられて、明らかに自分が貧乏くじを引き当ててしまったことにこっそり悪態をついた。目の前に立つ彼の年若い上官は本日午後出勤で、つまり今初めて顔を合わせたのだが、冗談にもご機嫌麗しゅう、などと挨拶を述べる状況でないのは明らかだった。美人が怒ると迫力あるな、と体中から怒気を発している青年を見下ろしながらハボックはそんなことを思った。幸い彼は無表情で銃をぶっ放すクールビューティーの教育を散々受けてきたので、後ろで青ざめている軍人たちに比べれば、このような事態を穏便に解決する手段をまだしも心得ている。

「ええと、正確に申し上げると三時間ほどになりますかね。マスタング少将は自主的に昼休憩を延長されていらっしゃるようで、まあ平たく言えば行方不明です。時間と人手の無駄と判断しまして、捜索は出していません」

 では諸君もゆっくり休め、などとにこやかに手を振って大部屋を出て行ってから数時間、未だ行方をくらましている黒髪の上官に対する嫌味をありったけ込めることを忘れずに、ハボックは真面目な口調で答えた。金色の青年は、「へえ……」と一段と低い声で呟いて口元に物騒な笑みを浮かべ、思案するように顎に手を持っていく。どうやらご機嫌斜めの金色の獣がこの部屋で大暴れ、なんていう事態は避けられそうだ。何とかして焚きつけて、さっさとあのいけすかない上官の捕獲に向かってもらわねば、怒れる天才錬金術師の相手になる人物など、皮肉なことに目下絶賛逃亡中の将軍を除いては存在しないのである。

「少将の決済待ちの書類も溜まっていますから、エルリック少佐、すみませんが少将を探してきていただけますか」

 ついでに怒りの鉄槌でもくらわせて、性根を叩き直してもらえませんかね。そう付け加えて、ハボックはにっこりと笑った。金色の若い上官は、了解苦労を掛けたな、と短く言い置いて、やって来たばかりの身を翻して颯爽と大部屋を出て行った。



 その後ろ姿を見送ってから、ふう、とハボックは息を吐き出した。後ろで固まっていた部下たちも徐々に息を吹き返している気配がする。額の汗を拭いながら、思ったより自分が緊張していたことに気付いてハボックは苦笑した。まっすぐに向けられた金の双眸に、一瞬怯んだ自分がいることは認めざるを得ない。昔はすぐに怒りを爆発させて騒動を起こす、小さな金の竜巻のようだった少年は、いつのまにあんな眼ができるようになったのだろう。何年も軍に身を置いている自分を威圧するほどの、静かで冷たい怒りを湛えた眼。それは黒髪の上官が時折見せる氷のまなざしにも通じるものがあると思った。どちらにせよ、真っ向から対峙したいものではない。

「さあ、さっさとお前たちも仕事しろ。少佐が少将を連れて戻ってきたときに、監督不在のせいで仕事が滞ってますなんて言ったらどうなるか、わかるだろ?」

 途端にぴんと背筋を伸ばし、猛烈なスピードで仕事を再開し始めた部下たちを眺め、おーしゃきっと働けよー、などとエールを送りながらハボックは煙草に火を付けた。肺の奥まで深く吸って煙を吐き出し、ようやく人心地付くと、さきほど金色の青年が去って行った扉を見つめた。何があったのだか知らないが(どうせあの黒髪の上官がまた何事かやらかしたのであろうが)、今日の彼のご機嫌は、ナナメどころかどう見ても垂直真っ逆さまに急降下だ。

 落ち着きを取り戻したハボックの頭にまず浮かんだのは、果たして原型を留めて帰ってくるだろうかという、自分の上司の命の心配であった。








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