PRIDE

焔の瞳

 意外と小さいな、と。それが、初めてロイ・マスタングを見たエドワードの感想だった。実際、階下の少年とは距離が離れているのを考慮しても、ずいぶんと華奢な背格好だった。建築物を爆破して見せるような派手な錬金術の使い手だというから、屈強な、どちらかというとごつごつした感じの姿を思い描いていたのだが、予想に反して黒髪の少年は、未だ子どもの枠を抜け出してもいない。
 試験監督である軍人に促されて、ゆっくりと彼は中央に進み出た。ざわりと空気が動めいて、無数の視線が降り注がれる。自分も経験したがアレは気持ちのいいもんじゃなかったと、エドワードはひとりごちた。無数の視線が不躾に無遠慮に、容赦なく全身に絡みついてくるのだ。――そしてその好奇の眼は、やがて化け物を見るかのようなものに変わっていった。
「――試験を」
 ブラッドレイの命に、傍らに控えていた軍人が拡声器を手に取り、階下の少年に向けた。
「受験者、ロイ・マスタングの実技試験をこれより開始する」
 広場の中心にただ一人立った少年は、自分に降り注がれる数多の視線に怯みもせず、まだ幼さの残る顔を上げて、まっすぐにただ一点を見据えていた。ブラッドレイの真後ろに立ち、必然的にその視線を正面から受けることになったエドワードは、軽く目を見張った。――迷いのない意志の瞳。軍の頂点に立つ男に真っ向から挑む眼を、初めて見た。
 じっと見つめていた少年は、試験開始の合図を聞いてようやくその視線を外すと、数十メートル先に建てられた建物に向き直った。ふわりと一陣の風が吹き、彼は一歩を進んだ。いよいよ始まる見世物に、ごくりと観客が息を呑む。ゆっくりと右腕を持ち上げた少年のサラマンダーの白い手袋が、彼の纏う漆黒にひときわ鮮やかに浮かび上がる。

 パチン、と。
 一瞬、空気を震わせた、その細い音。

「――!!」

 少年の指先から吹き出した朱い稲妻が、風を巻き込んで空気を走る。それは一瞬、と表すほどの速さではなかった。だが、朱く染まった視界と階下から急激に膨れ上がって襲ってきた爆風の中、何が起こったか見極められた者はおそらくそうは居ない。
 爆音が鼓膜を破る勢いで耳に打ち付けられるとともに、火柱が上がった。
 建物の窓が吹き飛ぶと同時にそこから炎が吹き出す。巻き上がる熱風が額を舐め、視界の先ではつい先刻まで整然とその場に建っていたはずの建物が焔に呑まれ、支えを失い、ぐらりと傾いで限界を迎えようとしていた。
 凄まじい音を立てて建物が崩れ落ち、噴き上がった灼熱の炎が天に荒れ狂うかのごとく渦を巻く。――炎色反応は、赤。まるで生を宿しているかのように複雑に絡み合いながら、それは確実に獲物を屠った。
 暴れる大蛇のように巻き上がる深紅の業火が、空を焼く。

 美しく、
 眩しく、
 ――恐ろしい。

 夕焼けよりも禍々しく、けれど鮮やかに密度を増していくその焔の向こう、黒髪をなびかせて少年が一人立っている。おそらく自分の周りの空気だけ調節しているのだろう、引火する様子も窒息する様子もない。まるで炎の舞台に迎えられた英雄のように、彼はそこに在った。
 燃え盛る焔を従えて、彼はただ一点を見据える。
 鮮やかに激しく吹き上がる焔を捻じ伏せる瞳は漆黒。
 静かに湛えた光は、決意。
 誰もが言葉を失い唖然と見入る中、エドワードの前の背中が、低い笑いに揺れた。――面白い、と普段の柔和な笑みとは似ても似つかぬ物騒な笑みを唇に刻んだ男は、階下の少年を舐めるように見下ろした。
「狗に成り下がるか――獅子に、化けるか」
 夜の闇よりも海の底よりも深い、黒曜石の瞳。
「楽しませて貰おう」
 愉快そうなブラッドレイの呟きの背で、エドワードは眼を細め、ゆっくりと口許に笑みを刻んだ。














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