ハニー・ハニー



 ふわりと湯気がたった良い香りがする淹れたてのコーヒーを手渡して、ロイは自身もエドワードの隣に腰を下ろした。ちなみに会議の資料はロイの執務机の上、高く積み重なった未処理の書類の山の上に放られている。

「その、髪」
「……へ?」
「その髪、何か願掛けでもしているのかね」

 不意に投げられたその問いに、危うく手にしたカップを落としかけたエドワードは、揺れる中身が零れないように慌ててカップに口を付けた。うつむけば、こぼれ落ちた金の一筋が頬に掛かる。今ではそこらの女性よりもよほど長くなった髪は、弟と一緒に各地を旅をしていた頃から、ほとんど切ったこともない。

「それは、アンタが……」




『君の髪は、まるで光を集めたかのようだね』


 あれは、いつだったろうか。エドワードたちが身体を取り戻す少し前だったような気がする。珍しく報告書を直接司令部に持って行った時のことだ。ソファに座って文献を読んでいたエドワードを上から見下ろしたロイが、あの頃はまだ三つ編みにしていた髪を手にとって、言ったのだ。

『綺麗な色だ』

 女性なら一瞬で恋に落ちてしまいそうな優しい瞳で。

『自分に無い色だから、余計にそう見えるのかもしれないが』

 いつもよりも近い場所で落とされる声に心臓が跳ねて、秘めていた想いがどうしようもなく溢れそうになったことを、ロイは知っていただろうか。


 だから、悲願を実らせたのち、生身の身体を取り戻してリゼンブールでリハビリに励んでいた頃。気がつけばかなりの長さになっていた髪を、一度は切ってしまおうかとも思ったけれど、やはり鋏を入れることができなかったのだ。

 ――新聞で、ロイ・マスタングの名前を見るたび。東部の田舎にまで伝わってくる彼の活躍や名声を、変わらない、底の見えない深い闇色の双眸や、不敵なその笑みを見るたび。


 もしかして、どこか知らない場所で偶然にすれ違うことがあったら。


 彼が美しいと言ったこの金色に、振り返ってくれるかも知れないと思ったから。





(だから、伸ばしてたなんて)

「言えるか、バカ!」

 耳まで真っ赤になって顔を逸らしたエドワードに、ロイは眼を丸くして、ついで笑みを零した。こんなにわかりやすいリアクションを取るなんて、からかってほしいと言っているようなものだ。

「まあ、言いたくないなら、今はこれ以上は聞かないでおこうか」

 ロイはそっぽを向いてしまったエドワードの青い軍服に零れた金糸を手にとって指に絡めると、大切なものにくちづけるように、そっと唇を寄せた。



「俺は、君の金色が好きだよ」

 弾かれたように顔を上げたエドワードは、眼があった瞬間、しまったと思った。ああ、だめだ。そんな瞳、反則だって言ってるだろ。しかも、わざわざ一人称を変えて言うなんてずるいんだよ、ばか。



 その台詞が、トドメだった。


「これからは、俺のために伸ばしてくれ」


 ――夜に、呑み込まれる。

 近づいてくるロイの顔に、そんな感覚を覚えながら、エドワードは敗北を認めて瞳を閉じた。


 目眩がしそうなくらい甘いキスは、けれど少し苦いコーヒーの味がした。








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