たとえばこんなはじまり




(あんの、狸ジジイ……!)

 ぼん、と小爆発の音が聞こえたくらいの勢いで耳まで真っ赤に染めあげて、ぎり、とエドワードは奥歯を噛んだ。そうだ、それはあの日、自分が大総統に向けて放った台詞なのだ。なんてことだろう、それならば今目の前で、極上の楽しみを見つけた獣のごとく、明らかに挑戦的な微笑みを向けているこの男に自分の気持ちとか覚悟とか隠してきた感情とか、そんなものが思いっきりバレバレだっていうのか。
 そして意地の悪い大人はさらに追いつめる。

「まるで、愛の告白のような台詞だな」

 全部、わかっていながら、そんなことを言うのだ。唇を引き結んだまま、恥ずかしさに泣きそうになりながら、真っ赤な顔でぎろりと睨み付けるエドワードに、ロイはくつくつと笑いを漏らす。


「それを閣下から伺った時の俺の心境を、是非とも君に教えたいのだがね」

 そして眼を見開いたエドワードを閉じこめるように、ロイは片腕を彼が背にした扉に押し当てた。

「俺がどれだけ舞い上がったか、二年も連絡ひとつ寄越さずにリゼンブールから出てこなかった癖に、そんな告白を他人相手に告げた君に、わかるかい」

 わかんねえよ。だいたいアンタいつもと一人称違うじゃねえかよ意味わかんねえ。
 そんな非難をしたくとも、もはや相手の息遣いが聞こえてしまいそうなほど至近距離に男の顔があっては、言葉は全て喉の奥で虚しく空転する。

「君が考えもしないほど気が遠い年月、私は君を想ってきたのだけれどね。腹が立つくらい恋しいものだから、一人の人間に何年も片思いなどという屈辱的な行為を強いられた腹いせに、君が手足を取り戻してもう一度目の前に現れたら言ってやろうと思っていたのだけれど」

 あまりにも予想外の言葉のオンパレードを、あまりにもつらつらと平然な顔をして言う男に、エドワードは状況が読み込めずに目をぱちくりさせた。
 なんだか、今ずいぶんとおかしなことを聞かなかったか。恋しいとか片思いとかそういうの。


「けれど、あんまり腹が立ったものだから、気が変わった」


 もはや恥ずかしさも忘れてびっくりの限界に挑戦していたエドワードは、気が変わったという言葉と共に空気まで黒く変わったような気がする上官の笑顔に、背中に冷たいものが流れるのを感じた。そしてその予感は、不幸なことに的を射ていて。


「君から、言え」
「……はあ?」

 頓狂な声を上げたエドワードに、ロイはにっこりと笑った。


「私の事を、君がどう思っているか。一言で、告げてくれないか」
「ひ、一言で、って……」
「簡単に言えば、好きか嫌いかということだけれどね」

 告白しろってことかよ。
 目の前で微笑む(しかも眼がちっとも笑っちゃいない)男を睨み付けながら、エドワードはぐ、と右手を握りしめた。生身であるが故に、爪が手のひらに食い込むのを感じる。崖っぷちだ。崖っぷちに立たされているというか、すでに落ちかけだ。

 好きか、嫌いかだって?
 そんなの、答えはひとつに決まってる。

 この二年、ずっとエドワードは想ってきた。辺境の田舎で、それでも新聞で男の名前を見るたびに、列車に乗って村を飛び出して会いに行きたいと、何度願ったことか。会いたくて、でも意地を張って会わなくて、けれど忘れたことなどなかった。
(いっか、素直になっても……)
 なんだか力が抜けてしまった。諦めたようにひとつ息を吐いて、エドワードは考えた。大総統から話は筒抜けなのだ。この男は自分の気持ちなどとうに知っているだろう。だったらいいか、負けても。意地を張って逃げなくても、一生一度くらい負けを認めてもいいか。


「……一度しか、言わない」
「どうぞ」


 震える指を握りしめて、小さな小さな声で告げた一生一度の素直な告白は、けれど最初の一言を言ったとたん、続きは余裕をなくした男の唇に吸い込まれた。


 吐息まで呑まれそうなキスと。

 ぶっきらぼうな告白。


 ――そんな、はじまり。








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