たとえばこんなはじまり




 入れ、という声に心臓は跳ね上がった。
 ドアノブに掛けた指が情けなくも震えているのを、エドワードは自覚していた。二年ぶりだ。その年月を越えてなお、一声で自分の感情を全て攫ってしまうほど、その声は威力を持つ。
 エドワードは、ひとつ深呼吸をした。背中で砂金を散りばめたような金の髪が揺れる。髪が、伸びた。身長も伸びた。一目も会うことのなかった月日の分だけ、身体は成長した。だけど、心は二年前のまま、奪われているのだと、認めざるを得ない。――ようするに彼は、緊張しているのだった。

 この、扉の向こうには。あのいけすかない黒髪の上官が待っている。
 ええい、どうにでもなれっ!
 半ば自棄になって、エドワードは一気に扉を開けた。そして、息を、奪われる。


(たいさだ……)

 正しくは少将なのだが、そんなことは問題ではなかった。あまりにも変わっていなかった。ずっと、エドワード自身が否定し続けようとも、エドワードの中に存在しつづけた人。夜を呑み込む闇の色をした髪と、飄々としていながらとんでもない野心を抱いている、焔の瞳。うさんくさい笑顔まで何ひとつ変わらない男は、けれど階級を上げた分だけ付いた貫禄を持って、豪華な黒革の椅子に座っていた。

「久しぶりだね、鋼の」

 あの頃と同じ声で、同じ名を呼ぶ。
 金縛りにあったように動かないエドワードに、小さく笑いを零してロイは立ち上がった。二年の月日がたち、一気に少年から青年へ羽化した金色の子どもを、眼を細め眺める。


「エドワード・エルリック少佐。――まさか、軍法会議所に転属になったホークアイ大尉の後任が、君とはね」
「……いきなりアンタの副官だなんて、オレの方こそ驚いてるよ」

 言うことを聞かない舌を叱り飛ばして、やっとのことでエドワードが口を開けば、ほう? と目の前までやってきた上官はいかにも愉快そうな声を上げた。
 やばい。コイツがこんな顔をするときは、ろくなことを言わないんだ。
 そんな確信めいた予感が咄嗟に頭をよぎっても、為す術もない。目線の高さがあんまり変わらなくなったな、なんてぼんやり考えているうちに、初っぱなから最大級の爆弾は落とされた。


「ロイ・マスタング以外の下には付かない」


 ロイの口から飛び出してきた台詞に、エドワードはぎょっとした。――まさか。イヤ待て、そんなはずは。パニックに陥りかけるエドワードを尻目に、目の前の男は、それはそれは楽しそうな光を漆黒の瞳に宿していて。

「他の誰のためにも、動かない」


 すうっと眼を細めて口の端を上げ、付け加えた。


「――それが、君が出した『条件』だそうだね」








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