きらきらと輝く砂金をまぶしたかのような金色の髪に、透き通った揃いの金の瞳。
あまりに無垢なその純金が、見たのはすでに地獄だと、一体誰が知っていようか。
それは闇を切り裂く光のように、刃のように
耳を掠めた子どもの声に、思わず振り返った。軍部には似つかわしくない明るい声が、開け放った窓から昇ってくる。手元の書類を置き去りに、その声に誘われるように席を立ったのは無意識だったかもしれない。光差す窓の下、見下ろせば金色の子どもが一人。
隣には小さな彼を守るように大きな鎧が佇んで、それを降り囲んでいるのは部下達だ。彼らもデスクワークが溜まっているはずだったが、休憩と称して放り出したに違いない。何しろ兄弟の来訪は久方ぶりだった。軍を嫌ってか、ただ面倒なだけなのか、滅多に顔を見せない幼い兄弟を、部下達がこぞって可愛がっているのは知っている。くるくると表情を変え他愛もないことでよく怒りよく笑う小さな兄と、穏やかで心優しい大きな鎧の弟。軍服に身を包んだ大人達は、軍部の硬く張りつめた空気を吹き飛ばす子どもの無邪気な明るさを、愛しているのだ。
司令部で笑い声など、どれくらいぶりに聞いただろう。無邪気な笑顔だ。まるで、太陽が笑みを零したかのような。
「失礼します」
その声と扉の開く音に驚いて振り返れば、副官が入ってくるところだった。解けば美しい輝きを持って流れるだろう金の髪を、隙など片端も見せぬようにきっちりと纏め、色気のかけらもない濃紺の軍服に身を包んだ真面目な彼女が、入室許可も待たずに扉を開けるのは珍しい。そんな想いで見つめれば、彼女は少し困ったように首を傾げ苦笑を漏らした。
「鋼の錬金術師の来訪を、お伝えに。――返事が無いので、また脱走したのかと思ったのですが」
ああ、気づかなかったのは自分の方なのか。苦笑を返して、再び中庭へと視線を落とす。周りの音も聞こえなくなるくらい、一体自分はどんな想いを持ってあの子どもを見つめていたのだろう。
「ああして少尉達とじゃれていると、年相応に見えますね。国家資格を持つほどの少年だとは思えないくらいに」
そう語る副官の眼もまた、優しい。日溜まりで笑う子どもはあまりに幼く、あまりに無邪気だ。彼が重い銀の鎖に縛られているなどと、誰が気づくだろう。隷属の証である銀の時計を、その手に落とし込んだのは他でもない自分自身だった。
闇の中で閉じこもっていた子どもを、無理に引きずり出して。その両眼に深い後悔と怯えが揺れているのが解っていながら、容赦なく犯した罪の重さを突きつけた。受け止められはしないだろう、それどころか壊れてしまうかも知れないと、承知の上だった。だが子どもは、顔を上げたのだ。灼きつく焔のごとき激しい光を走らせて。
そのまなざしに射抜かれた刹那、己の胸に湧き上がった笑えるほどの激情を、一体どうしてくれようか。歓喜か、憎悪か、後悔か。名付ける名を、見失った感情を。
「……彼は」
罪を犯した幼い子ども。神にも愛される美しい金色を身に纏いながら、自ら闇へと落ちた愚かな子ども。その愚か故に、いとおしい。太陽の下できらきらと、零れるような笑顔を振りまいて。無邪気に頬をふくらませ、小さくてやわらかな手のひらをして、中身のない弟を、愛している。――なんて、愚かな子ども。そのどうしようもなく罪にまみれたその手がいとおしい。
「――彼は、天才だよ。私もだがね」
眼を細め、ゆっくりと、口の端を持ち上げる。
まるで自分を見ているようだ。子どもを眺め、愚かなと笑う自分が滑稽で、いとおしかった。絶望に打ちひしがれ、地獄を見たその先に抱く望みの汚さを、自分は知っている。生きるために生きる、その苦しさも。
「行こう」
短く言って、窓枠に掛けていた手を離す。肩を交わす一瞬、副官は、眼を細めて笑んだ。もちろん口に出したことなどないが、彼女にはこの胸に抱いた感情などとうに見通されているのだろうと、振り返り内心に思う。それは、女の笑みだった。
地獄はこの眼に何度でも、蘇る。
「よぉ、久しぶり。大佐」
救いを求めているのは、子どもか、大人か。
最後まで告げない本心を、浮かべた笑みの下に隠して。
「ああ、待っていたよ」
ずっと待っていた。生に縋る声も枯れ果てた深く昏い闇の中、浅ましくも、その暗黒を切り裂く光の一筋を乞うた。
ずっと待っていた。
――金色を纏った、君を。
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